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「文化時報」コラム

〈106〉異なる見方

2026年6月4日

※文化時報2026年4月24日号の掲載記事です。

 これまで、スピリチュアルペインとは「存在の危機」であると考えてきました。生きる土台としてきた信念や価値観が崩壊し、存在そのものが揺らいでしまった状態です。

傾聴ーいのちの叫び

 スピリチュアルケアは、その状態からの回復に寄り添うもの。目的は、新たな信念や価値観の再構築にあると考えていました。

 再構築のためには、その人自身の内面の成長が必要であり、これまで外に置いていた支えを、自身の内側に持つように変化していく。そうしたプロセスをたどるものだと捉えていたのです。

 しかし最近、これまでとは異なる見方が浮かんできました。

 新たに構築されたものは、いずれまた崩壊する可能性を含みます。内面を強くすることは、一見すると確かなようでいて、外に支えを持つことと構造としては変わらない。どちらも、「支えを必要とする在り方」であることに変わりはありません。

 そもそもスピリチュアルペインは、これまで支えとしていたものが破綻した状態です。だとすれば、スピリチュアルケアの目指すところが「支えの再構築」である限り、この循環から抜け出すことはできません。

 支えを必要とする状態から、なにものにも支えられずとも、ここに在(あ)る状態へ。

 誰かに支えられているわけでもなく、自己の内的資源が増えたわけでもない。内にも外にも、拠り所(よりどころ)を必要としない在り方。存在の成立の仕方そのものが変容するのです。そうなれば、保つ必要がなくなります。どれほど足元が崩れても、存在そのものは揺らがない。

 では、どうすればその境地に至ることができるのか。それは、何かを積み上げることではないのかもしれません。もともとそうであるという事実に気付くこと。理由も意味もなく、「ただ在る」ということを知る。そして、それを引き受ける。

 スピリチュアルケアは、そこに向かう営みなのかもしれません。

 とはいえ、これは決して容易なことではありません。人はあまりにも多くのものを抱え込み、しがみついているからです。

 

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