2026年6月22日
※文化時報2026年5月19日号の掲載記事です。
大型連休が過ぎました。

とはいっても多くの寺院関係者にとっては休日ではなく、普段よりも忙しい期間だったのかもしれません。
寺院だけでなく、病院や介護施設なども連休などありません。公共機関もサービス業も普段より忙しかったでしょう。なのに、テレビでは大型連休を連呼し、行楽地の混雑を報道します。とても奇妙なことのように私は感じます。
会社勤めの方は有休休暇もなかなか取れないような時代があり、国が〝強制的に 〟休みを作ったのだとしたら、もはや大型連休は時代遅れの感がいたします。祝日=休日というのはやめにして、それぞれ自由な日程で連休できる社会の方がいいのになあと思ったりします。
文化時報社が主催する「社会と宗教をつなぐ入門講座」が新たに始まりました。多くの人が当たり前だと思っていて、よく考えたらおかしなことが社会にはたくさんあります。「本当にそれでいいの?」と投げかけてくれるのが宗教ではないかと思います。
「(カレンダーの)赤い日に休めないから私は不幸だ」と嘆く介護職がいたとします。「平日に休める方が料金は安いし混雑していないし、ラッキーじゃないの」と一声かけるだけで、その人の気持ちが軽くなるかもしれません。良い人になろうと思うから一歩(一声)が出ないだけではないでしょうか? 私が気楽すぎるだけでしょうか?
「赤い日に休めない」という嘆きは実話です。「それは捉え方の問題だよ」と私は答えました。
そんな嘆きが私の元には連日のようにやってきます。相手は「そうですね」と素直に受け取ってくれるわけではありません。「そんなの屁理屈だ。赤い日に休みたいの」と不満げに言い返してこられます。それでいいのです。相手が気付くきっかけになればOKじゃないでしょうか。
前述の講座では「ケーススタディー」を私が担当します。実際にあった相談を事例にして「私ならこうする」をみんなで考える時間です。「赤い日に休めない」と嘆く人に、あなたならどう答えますか?