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「文化時報」コラム

〈127〉聞いてほしいだけ

2026年7月24日

※文化時報2026年6月16日号の掲載記事です。

 「ソーシャルワーカーの資格をとりたい」という看護師さんが増えているような気がします。私の周りに多いだけでしょうか? 

 ソーシャルワーカーと片仮名で書くと難しそうですが、その人の困り事を聞いて、解決できそうな人につなぐことが役目です。看護師さんは何でもやってやろうというチャレンジ精神旺盛な人が多い気がします。日々患者さんと接していて、困り事をたくさん聞いているからでしょうか?

 私はお寺の人こそソーシャルワーカーに適していると思っています。檀家さんの家庭事情が見えやすい立場だろうと思うからです。

 私のところには、弁護士を紹介してほしいという相談がよくきます。でも、事情を聞いてからでないと紹介することはできません。事情を聞くと半分くらいは「聞いてもらえたからもういいです」となります。自分の苦しいことを誰かに分かってほしかっただけということだと思います。

 病気のこと、お金のこと、人間関係のこと。生きているといろいろな苦悩が湧いてきます。たいていは、思い通りにならないことを思い通りにしようとするから生まれる苦悩です。ただ、そのままストレートに伝えると「この人は私の苦しみをわかってくれない」と去っていくでしょう。解決したいよりも、聞いてほしいのが心理。やっかいな話です。惑わされないように注意が必要でしょう。

 そのことを十分に分かったうえで、苦悩する人の話に耳を傾けることができるのは人間だからこそです。人工知能(AI)は言葉の裏側にある気持ちを学習できるのでしょうか?

 欧米では病院の中に礼拝堂があることは珍しくありません。病人が最も祈りの場所を必要としているからでしょう。日本の医療界も少しずつではありますが、そのことに気がついてきました。ソーシャルワーカーの資格をとりたいという看護師さんが増えてきたのは偶然ではないでしょう。

 お寺を必要としている人はますます少なくなっていませんか? 今は墓地だけの需要になってきつつあるように思います。

 

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