2026年8月3日 | 2026年8月4日更新
※文化時報2026年6月30日号の掲載記事です。
安住荘の前管理者・内山宗之氏が今月8日に命終されました。内山氏は父から譲り受けた安住荘で親子2代50年間にわたり聞法会を開催し続けられました。最後となりました今年5月の聞法会でも、勤行の調声を変わりなく勤められました。

亡くなる数日前にお見舞いしたときには、力強く手を握り返してくださいました。「あとは頼んだよ」というメッセージのようでした。
お通夜の法話では「自信教人信の聞徒」と讃(たた)えられていました。自分の腹に落ち、南無阿弥陀仏と頭が下がったことを他者にも伝えたいという願い。それが安住荘での聞法会という形で続いていきました。そのお姿は多くの人の心を動かしたことでありましょう。時には講師を酷評されることもありました。いつしか「安住荘では門徒が僧侶を教化している」と言われるようになっていたそうです。
その安住荘は現在建て替え工事中です。完成をとても楽しみにしていただいていたのに残念であります。新しく生まれ変わる安住荘は、1階に聞法道場を残しつつ、2階3階を福祉施設として30人が居住できる仕様になります。福祉施設を兼ね備えた聞法道場ということです。
その昔、聖徳太子が建立された四天王寺には敬田院(きょうでんいん)と悲田院があったといわれています。敬田院は仏教を学ぶ場、すなわち聞法道場でありましょう。また悲田院は身寄りがない人を養う場、つまり福祉施設のことです。安住荘は敬田院と悲田院を複合させた建物を現代に復活させるということです。
その安住荘へ入居する患者さんが病院からやってくることになっています。そういうルートができております。そして、そこにお薬を届ける薬局も万全の協力体制になっております。まさに現代版四箇院となるでしょう。
一見すると病院や薬局と提携している福祉施設に見えるかもしれません。しかし、安住荘には内山家親子2代の願いが込められています。
それを後世に伝えていくのが私の役目だと、改めて胸に刻んでおります。