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「文化時報」コラム

〈129〉ファンキーな住職

2026年8月26日

※文化時報2026年7月21日号の掲載記事です。

 「あそこに入院したらもう駄目だ」とネガティブなうわさ話をされる病院がありました。そこへファンキーな院長が赴任してきて、病気やけがではない人まで集まりワイワイガヤガヤするようになった、という話を聞きました。そのファンキーな院長自ら語ってくれたのです。

 

 

 病院が地域コミュニティーへと変化していく過程には、いろいろな抵抗を押しのけて、説得して…と大変な苦労があったと思います。

 先日、ある地域コミュニティーでお話をさせていただきました。終末期から葬儀、納骨に至る話です。参加者の一人が「私はお坊さんにはネガティブな印象しかありません」と話されました。

 ネガティブな印象なら対話してみたくなります。生まれた限り死は必然です。お坊さんを忌み嫌い見ないようにしても、死は確実にやってきます。そんな話をしました。ネガティブな印象が変化したかどうかは分かりませんが。

 極楽浄土へ生まれ変わるという法話は、葬儀や年忌法要の時だけでよいのでしょうか? 法話会は全国至る所で開かれていると思います。とても大事なことだと思います。

 ところで、聴聞されているのはどんな方々でしょうか? 浄土真宗の門徒と自覚のある篤信な信者さんが多いのではないでしょうか? 

 仏教、あるいは浄土真宗にネガティブな印象のある人にも仏様のご本願は届いているはずです。気付くきっかけがなかっただけのように思います。

 病院のネガティブな印象を院長の方針次第で変えることができるなら、お寺も同じではないでしょうか? 病気やけがではない人が病院に集まってくるという発想は、私にはありませんでした。信者ではない人がお寺に集まってくる方が想像しやすいです。

 これからどんなファンキーな住職が出てくるのか、楽しみで仕方がありません。

 

 

 

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