2026年5月21日
軽度知的障害を抱えながら山岳写真家として活動するカストロ純さん(32)=横浜市=が、登山開始から10年の節目を迎え、新たな表現の境地を切り開いている。平日は製造業の正社員として働き、休日はカメラを手に全国の険しい山々を巡る日々。言葉によるコミュニケーションに困難を抱えつつも、レンズを通して自然の真理を見つめるその姿は、障害の有無を超えた人間の可能性を静かに物語っている。(飯塚まりな)
米国人の父と日本人の母の間に生まれたカストロさんは、3人きょうだいの長男。幼少期から言葉の遅れや落ち着きのなさが指摘されていた。服の脱ぎ着などが1人ではできず、手伝ってもらうことが多かったという。

運動が得意で、小学校の頃は空手やサッカー、水泳などを習っていた。だが、学年が上がるに連れて国語と算数の理解が追い付かず、中学からは手厚い支援体制がある個別支援級を選択。その後、知能指数(IQ)60の軽度知的障害と診断を受け、療育手帳を取得した。
軽度知的障害は日常生活が送れるものの、学習やコミュニケーションに困難があり、気付かれないまま見過ごされてしまうことが多い。中学卒業後は特別支援学校の高等部に進学した。
ものづくりに関心があって、障害者雇用で製造業の会社に就職。転機はその4年後に訪れた。山岳雑誌を手に取ったことがきっかけで、低山から登るように。厳冬期の北アルプスにも挑んだ。
登山中、低体温症や凍傷に見舞われる生死の境も経験したが、「時間が経てばまた登りたくなる。精神的に強くなりました」と、人工物のない絶景に圧倒される喜びを語る。
さらにカメラを購入し、独学で使い方を覚えた。自然の美しさをシャッターに収め、撮影した写真を会員制交流サイト(SNS)で発信する。見る者は「どんな場所だろう」と想像を巡らせ、カストロさんの純粋な感性に触れる。
最近は、気の合う仲間同士で「グループ登山」をするようになったが、中にはカストロさんの山岳写真に影響されて、登山にのめり込んだ人もいるという。
社会人としての歩みも着実だ。入社当初は、巨大な鉄の部品をアルコールで拭き取る単調な作業をしていたが、合理的配慮を受けながら努力を重ねた。正社員となって14年。現在はフォークリフトを操り、製品発送を担当している。
「就労に関しては、特例子会社に勤めるのも一つの選択。特性を理解してもらえる環境であれば、仕事に打ち込めるかもしれません」

困難だったのは、現場での言語化や電話応対。設計図の不備を指摘する際などは、あらかじめ伝えたい内容をメモに整理する。
さらに、社用タブレットを活用し、自らの作業手順を動画マニュアルにして共有するなど、得意な動画制作を生かした独自の工夫で、周囲の信頼を勝ち取っている。
カストロさんは自身の活動をSNSで発信するだけでなく、都内のバーを借りて発達障害の人々が集うイベントを定期開催している。
「障害を抱えて働くことは想像以上に大変。だからこそ、臆さず人とつながり、情報を共有することが大切だと思います」

同じ悩みを抱える仲間の相談に真摯(しんし)に向き合うことで、当事者たちの貴重な「居場所」を創出している。
「好奇心と社会的信用の積み重ねが、生活を面白くする」とカストロさん。次なる目標は来年、江の島(神奈川県藤沢市)のギャラリーで開催する個展だ。今年1年かけて写真を撮りため、登山で見つけた光を届けていく。
