2026年5月20日
※文化時報2026年4月7日号の掲載記事です。
仏教伝道協会(木村清孝会長)は3月27日、東京都港区の仏教伝道センタービルで、「死」を考えるシンポジウム「いのちを選ぶということ」を開催した。第1回「死んだらどうなる?」、第2回「もう一度会いたいと思ったときに」に続く3回目で、安楽死や尊厳死をテーマに学者と宗教者が講演。オンラインを含め、約60人が視聴した。(山根陽一)
北里大学教授でヘーゲル哲学と生命倫理学を研究する小林亜津子さんは、安楽死の種類を、痛みを取り除く「緩和医療死」、延命医療を控える「消極的安楽死」、致死薬を投与する「積極的安楽死」に大別できるとした上で、医師による自殺幇助(ほうじょ)とは全く異なると説明。安楽死を認めているオランダでは、申請しても半数は却下される実情を伝えた。

日本では「医師の使命は患者の命を救うこと」という医療倫理や、安楽死が社会的弱者へのプレッシャーになるとの考え方があると指摘。傾聴によって「耐えられない」「楽になりたい」という気持ちの正体を突き止め、選択肢は死だけではないと伝えることで、人生の終わりにおけるケアを行う姿勢が重要だと強調した。
真宗大谷派初の外国人住職として高雲寺(福井県敦賀市)を預かるスイス出身のジェシー釋萌海(ほうかい)さんは、自身の母親が70歳で安楽死した経験を元に講演した。
母親は大きな疾患はなかったが「これからの人生は下り坂、生きるも死ぬも選ぶのは私の権利」と主張し、友人を集めて「さよならパーティー」を開いた上で、致死薬の点滴を受け入れた。友人たちも止めようとしなかったという。

ジェシーさんは「全てを失い、気が狂いそうだった」と述懐し、空手や尺八といった日本文化に引かれて来日したとき、仏門に導かれて親鸞聖人の教えに出会ったと語った。「命はいただきもので、自分だけのものではないことを、母には知ってほしかった。人生は安楽に死ねるかではなく、どう安楽に生きるかが大切」と説いた。
2人の講演後、浄土宗法源寺(静岡県富士市)副住職で生活困窮者支援団体「ひとさじの会」(東京都台東区)代表の髙瀨顕功さんを進行役に、議論を深めた。髙瀨さんは「生まれたのは自分の意思ではないからこそ、死も自分の意思で決めてはならない」と仏教の教えを示した上で「死を語る機会は少ない。ぜひ、身近な人や家族と語る機会を設けてほしい」と呼びかけた。