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「うっかり女子」を知って 雨野千晴さん講演

2026年5月14日

※文化時報2026年4月3日号の掲載記事です。

 障害のある人やひきこもりの人の「親なきあと」について考えようと、日蓮宗上行寺船橋別院(遠山玄秀住職、千葉県船橋市)は3月15日、家族や支援者らが集う「親あるあいだの語らいカフェ」を開いた。注意欠陥多動性障害(ADHD)の当事者で元小学校教員の雨野千晴さん(45)=神奈川県厚木市=らが講演。12人が参加し、学び合いの一日を過ごした。(主筆 小野木康雄)

 雨野さんは、発達障害の一つである不注意優勢型のADHD。忘れ物やなくし物が多く、片付けや一つのことを続けるのが苦手といった特性がある。2017(平成29)年に勤続10年の教員を辞め、ライターや文章講座の講師、NPO法人の代表理事など多彩な活動をしている。

(画像:講演する雨野さん)
講演する雨野さん

 講演では「うっかり女子」として電気ポットをガスコンロにかけたり、ドアに鍵を差したまま外出したりといった失敗談を紹介。「ADHDは脳の傾向なので、『怠けている』『だらしがない』といった批判は意味がない」と強調し、責められるとますます萎縮する〝負のループ〟に陥ったり、場合によってはうつ病などの二次障害になったりすると語った。

 教員時代には「失敗してもいいんだよ」と子どもたちに伝えながら、自分は「失敗できない」と思い込み、ミスをごまかして謝れなかったことで、同僚や上司との関係が悪化したと振り返った。産休・育休を経て復職した際、これを教訓に周囲に特性を打ち明けたところ、助けてくれるようになったという。

 また、自閉症と軽度の知的障害のある中学2年の長男が、好き嫌いや、やりたいこと・やりたくないことを迷いなく判断するのを見て「師匠のように感じる」と指摘。仏教用語の「あきらめる」には「固定観念にとらわれず、ありのままを見る」という意味があるとして、「理想の自分を持っていても、苦しくなるだけ。あきらめて、まず自分で自分を受け入れることが大事」と締めくくった。

時代・環境で合理性変わる

 雨野さんに先立ち、ふくしねっと工房(千葉県船橋市)代表取締役で著書『居住支援実践マニュアル この本をたたんだら誰かに会いに行きましょう』(ぶどう社)がある友野剛行さん(56)も講演した。

(画像アイキャッチ兼用:参加者同士が語り合い、聞き合った「語らいカフェ」)
参加者同士が語り合い、聞き合った「語らいカフェ」

 友野さんは、一人暮らしの高齢者が住まいを借りるのが難しい現状を説明した上で、孤立させず孤独死のリスクをなくすことが大切だと強調。「週に1度でも役割があると、残り6日間の質が変わる。本人の輝く時間をどうつくるか、考えねばならない」と説いた。

 また、地下茎でつながるツクシとスギナを例に「時代や環境によって合理性は変わる」と指摘。高度経済成長の時代と異なり、今は「『どうして学校に行かなければならないのか』という説明ができない」ことから、不登校にも合理性があると語った。

 2人の講演後は、昼休憩を挟んで語り合いが行われ、遠山住職を含む参加者それぞれが自分や家族の生きづらさなどを口にし、お互いに聞き合った。

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