検索ページへ 検索ページへ
メニュー
メニュー

 あかんのん安住荘へ集う人全てが「真宗門徒」というわけではない。クリスチャンもいれば新宗教系団体に縁の深い人もいる。宗教的には垣根が低い。だから報恩講の団体参拝も「みんな行くなら一緒に」という感じで参加してくれた。それでも勤行の間、神妙な顔つきでずっと座っていた。

 参拝は午前中に終わるので、午後からは少し足を延ばす。「大人の遠足」である。幸いにしてスカッとした秋晴れの日であった。

 途中のサービスエリアでお弁当を食べ、その後「グリコピア神戸」に向かった。菓子メーカーミュージアムであり、製造現場を見学もできる。南御堂でブットンくん(南御堂のイメージキャラクター)のイラスト入りスナックをもらった直後にそのスナックの製造工程を見せてもらえたので、ワクワクした。バスの中では住職がマイクを持っていろいろな話をしてくださる。難しい話ではなくバスガイドである。こんな団体参拝をしている。

 今年の南御堂は盆踊りも再開したそうだ。大阪のど真ん中で開催される盆踊りは大盛況である。宗教・宗派を超えてたくさんの人が集まってくれる。本来お寺とはそういうものではないだろうか?

 檀信徒の皆さまから集まる浄財で成り立っているのは忘れてはならないが、だからと言って「檀信徒以外入場お断り」というのも変だと思う。お寺側にそんな気がなくとも、檀信徒以外が近寄らないなら同じことだろう。

 ただし、人がたくさん集まればいいというものでもない。少なくとも真宗寺院は聞法道場であるはず。そこさえ外さなければ、「大人の遠足」が入り口であっても、やがて聞法する人が増えると思う。

 イベントは、障害のある子やひきこもりの子の「親なきあと」について、当事者・家族や支援者などさまざまな人に関心を持ってもらうのが目的。提供される話題を元に、一人一人が思いや考えを語り合い、気付きを得てもらおうと、今回初めて開催された。

(画像:「気づきの交差点」が開かれた天台宗寶泉寺)
「気づきの交差点」が開かれた天台宗寶泉寺

 畑支部長はこの日「ケセラセラ なるようになるという生き方」をテーマに話を進めた。中学1年の3学期から本格的な不登校となり、大学病院の小児精神科で割り算の問題を解けなかったことを理由に「生きている価値がない」などと責められた体験を明かした。

 また、意味の分からない言葉を繰り返し言うからと精神科病棟に入院させられた中学生が、実は好きなアニメのせりふを繰り返していただけだったという事例を紹介。

 自分では言い表せない気持ちを、他人の表現を借りて伝えようとすることは、不登校・ひきこもりの当事者によくあることだと訴えた。

 こうしたエピソードを元に、畑支部長は「『学校に行かなくてもいい』と言う人が、発言に責任を持つわけではない。不登校・ひきこもりの人は、自助努力で勉強する必要がある」と指摘。「落ち込むときはとことんまで落ち込む。その上で、自分の楽しいことや好きなことを伸ばす必要がある」と語り掛けた。

 加えて、「死んだら取り返しがつかない。まず生きること。なるようになる、なるようにしかならないと思わないと、やっていけない」と強調。毎月1日にいじめ自死者供養会を修していることが、自分なりの不登校・ひきこもり支援だと伝えた。

 さらに、自身が声優の國府田マリ子や林原めぐみの歌に救われた経験を元に、「推し」といわれる好きなアーティストや作品から受け取るメッセージを、自分の人生に重ねていくことが大切だと語った。

(画像アイキャッチ兼用:畑支部長の講演を聴く参加者たち)
畑支部長の講演を聴く参加者たち

 参加者のうち、不登校・ひきこもりの子がいる家族からは「時間が解決してくれるとアドバイスされることがあるが、それを言われるととてもしんどい」といった声が上がった。また、子どもに質問していたつもりが実は詰問していて、問い方を変えると気持ちを語ってくれたという実例を挙げた人もいた。

(写真①アイキャッチ兼用
 キャプ:講演する江藤惠美さん。デザイナーであり、福祉事業所の経営者でもある)
講演する江藤惠美さん。デザイナーであり、福祉事業所の経営者でもある

 江藤さんはダウン症のある12歳の娘の母親。和紙を使った建築・インテリアのアート作品を世に出す一方、娘の成長と共に福祉現場に興味を持つようになった。

 福祉事業での起業を見据え、2021年に菓子工房を設立。クラフトビールの醸造の際にできる搾りかすを使って、スティック状の固いパン「グリッシーニ」などを作り、軌道に乗せた。翌22年に就労継続支援B型事業所「ヤドリギワークス」(神戸市東灘区)を立ち上げ、23年には兵庫県芦屋市と連携し市役所内でカフェを始めるなど、さまざまな福祉事業に取り組んでいる。

 セミナーで江藤さんは「娘の成長の少し先を見越して、環境を整えたいと活動してきた」と語った。生後1カ月でダウン症と分かったとき、しばらくは泣き明かしたが、「この子の一番の応援者は産んだ自分だ」と、前を向いて生きてきたと明かした。

 ダウン症関係の団体とつながり、ファッションショーなどのイベントを手掛けるようになったことで、一過性の行事だけでなく、継続して福祉に関われないかと起業を決意。デザイナーとしての仕事があるため、当初は副業として始めたが、今では逆転していると語った。

 今年4月には「ダウン症サポートセンターin神戸」を開設する。ダウン症のある子の生活や就労、健康、運動、ファッションなどを楽しく学ぶことを通じて、交流の場やネットワークをつくるという。

 背景にあるのが、特別支援学校を卒業した後の支援体制。在学中は教員がいろいろと相談に乗ってくれるが、卒業すると途端に頼れなくなる。「担任の先生のような存在が、地域にも必要ではないか」との問題意識を持ち、ダウン症の子への生涯にわたるサポートを目指す。

(写真②
 キャプ:会場では約20人が江藤さんの話に耳を傾けた)
会場では約20人が江藤さんの話に耳を傾けた

 今後はデザイナーとして取り組んできた和紙の仕事を福祉現場にも取り入れたいと考えている。「『ダウン症の子のためなら協力する』というさまざまな方々の思いとともに、未来を切り開いてきた」と感謝の言葉を口にし、「思ったことは実行することが大事。娘のために何ができるかを考えながら、一生懸命生きていきたい」と誓った。


【用語解説】就労継続支援B型事業所

 一般企業で働くことが難しい障害者が、軽作業などを通じた就労の機会や訓練を受けられる福祉事業所。障害者総合支援法に基づいている。工賃が支払われるが、雇用契約を結ばないため、最低賃金は適用されない。

(画像:大谷氏(右奥)と進行役の刀禰住職(左))
大谷氏(右奥)と進行役の刀禰住職(左)

 淨願寺の寺子屋は4年前から開催。日本の子どもたちが苦手とする「思いや意思を伝える力」を養おうと、考えを述べ合う機会を設けるとともに、さまざまな分野で活動するゲストスピーカーの講演を聞く。

 子どもたちはこの日、「2023年の振り返り」、「2024年の目標」をテーマに2分間で思いをまとめ発表。刀禰住職は発言内容を掘り下げた質問を行い、それぞれの課題を再認識させるなど気付きを促した。

 ゲストスピーカーの大谷氏は「ケニア共和国と私の活動」と題し、貧困を背景とする女性の犯罪や再犯率の高さを指摘した上で、母子が収容される更生保護施設で自身が行ってきた保育や洋裁指導について説明。「正しい教育を受け、手に職をつけることが悪循環を断ち切る」と強調した。

 姉妹で参加した帆足美桜(みお)さん(15)、美来(みらい)さん(13)は「学校では学べない話が聞けるのでいつも楽しみ」と目を輝かせた。

 刀禰住職は「意思を伝えることの大切さを知った子どもたちは、多くの人に影響を与える大人になる。必然的に日本社会も変わっていく」と語った。

ヒューマニズム宣言サムネイル

 西嶋さんは、1965(昭和40)年に弁護士となった。所属した事務所は、新人弁護士には必ず重大冤罪(えんざい)事件の弁護を経験させる方針だったそうで、弁護士1年生の西嶋さんが担当することになったのは八海事件だった。

 八海事件とは、高裁の判決(1回目は死刑、2回目は無罪)が2度も最高裁で差し戻され、3度目の上告審で最高裁が自ら無罪判決を下すという異例の展開をたどった事件である。『真昼の暗黒』というタイトルで映画化され、ラストシーンの「おっかさん、まだ最高裁判所がある。最高裁があるんだ」というせりふが有名になった。

 八海事件の3度目の上告審の弁護団の一員となって無罪判決を勝ち取った後、西嶋さんは、仁保事件、徳島ラジオ商事件、丸正事件といった日本の刑事裁判史上に残る冤罪事件の弁護を手掛けた。そして、「死刑4再審」(80年代に相次いで死刑囚が再審無罪となった、免田、財田川、松山、島田の各事件)の最後となる島田事件の再審弁護を行っているときに、同じ静岡で発生した死刑冤罪事件である袴田事件の弁護団に入ってほしいと依頼された。西嶋さんは、89年に島田事件が再審無罪で終結すると、すぐに袴田事件の弁護団に合流したという。

 数多くの無罪、再審無罪を勝ち取った西嶋さんだったが、袴田事件では弁護団加入から20年近く奮闘するも、第1次再審は2008(平成20)年に最高裁で棄却された。

 第2次再審では14年に静岡地裁で念願の再審開始決定がされたが、検察官の抗告により一度は東京高裁で取り消され、さらにその決定が最高裁で破棄差し戻しとなる紆余(うよ)曲折を経た。昨年3月、差し戻し後の東京高裁による再審開始が確定したとき、記者会見の途中で言葉に詰まり、涙を流した姿が目に焼き付いている。

 昨年10月から始まったやり直しの裁判は今年5月に結審の見通しとなり、この夏にも袴田巖さんに再審無罪がもたらされる公算となった。そのゴールを目の前にして力尽きた無念はいかばかりか。

 5年ほど前から間質性肺炎を患い、再審公判に出頭するため酸素吸入しながら車椅子で静岡地裁に通っていた西嶋さん。今年の年賀状には「小春日に 駿河路通い 車椅子」という自作の句が添えられていた。

 享年82歳。袴田事件の弁護人になったのは48歳のときだった。再審制度の不備で犠牲になるのは、冤罪被害者やその家族だけではない。再審弁護人の壮絶な人生そのものが、法改正の必要性を叫んでいる。

【用語解説】大崎事件

 1979(昭和54)年10 月、鹿児島県大崎町で男性の遺体が自宅横の牛小屋で見つかり、義姉の原口アヤ子さん(当時52)と元夫ら3人が逮捕・起訴された。原口さん以外の3人には知的障害があり、起訴内容を認めて懲役1~8年の判決が確定。原口さんは一貫して無実を訴えたが、81年に懲役10年が確定し、服役した。出所後の95年に再審請求し、第1次請求・第3次請求で計3回、再審開始が認められたものの、検察側が不服を申し立て、福岡高裁宮崎支部(第1次)と最高裁(第3次)で取り消された。2020年3月に第4次再審請求を行い、鹿児島地裁は22年6月に請求を棄却。福岡高裁宮崎支部も23年6月5日、再審を認めない決定を出した。

 大谷派と京都府、京都府立医科大学、京都大学、公益財団法人ドナルド・マクドナルド・ハウス・チャリティーズ・ジャパン(DMHC、東京都新宿区)が同日、真宗本廟(東本願寺、京都市下京区)で共同記者発表を行った。

 ドナルド・マクドナルド・ハウスは1974年、米フィラデルフィアのマクドナルドの店舗オーナーらが、闘病する子どもの家族を支えようと、病院付近に滞在施設を整備したのが始まり。49カ国に約380カ所あり、国内では京都が14番目の施設となる。宗教教団との連携は国内初という。

(画像:アイキャッチ兼用:ドナルド・マクドナルド・ハウス京都の建設イメージ(京都府提供))
ドナルド・マクドナルド・ハウス京都の建設イメージ(京都府提供)

 大谷派が旧了徳寺敷地の約5分の1に当たる971平方メートルを40年間無償で貸与。府公立大学法人とDMHCが施設を建設する。3階建て延べ約1200平方メートルで、ベッドルーム18室のほか、リビングやダイニング、図書室などの共有スペースを完備する。

 建設費は約8億円を想定し、このうち半分の4億円ほどを寄付金で賄う。京都府や京都大学などが来月に立ち上げる募金委員会が寄付金を募り、ふるさと納税を通じた資金集めも行う見込み。

 小児がんなどの病気を抱える子どもの家族は、高度医療が受けられる病院付近の宿泊施設に滞在するケースが多く、経済的な負担が大きい。京都大学医学部付属病院小児科では過去5年間の入院患者のうち、45%が京都府外の在住者だったという。

 記者会見でDMHCの五十嵐隆理事長は「海外では心のケアを含めたファミリーサポートが行われる事例があり、日本でもその必要性を感じている」と指摘した。

 木越渉宗務総長は「親鸞聖人の教えに基づく寄り添う精神を共有できる」と応じ、近くにある大谷大学教育学部教育学科の幼児教育コースとの交流についても期待感を示した。

(画像:共同記者会見で質問に応じる木越宗務総長)
共同記者会見で質問に応じる木越宗務総長

懸案の土地活用に弾み

 旧了徳寺敷地は、2017(平成29)年に解散した了徳寺の跡地で、総面積5273平方㍍。住職不在の寺院となって以降、約50年にわたって荒廃した状況が続き、不動産詐欺に悪用されたこともあった。19年に大谷派に寄付されたものの、利活用の方向が定まらず、懸案材料となっていた。

 大谷派はドナルド・マクドナルド・ハウス京都を建設する残りの4302平方メートルについて、昨年11月から公募型プロポーザル方式で事業者の募集手続きを進めている。最低価格を年5千万円に設定。医療法人や社会福祉法人などの誘致を見込んでおり、ドナルド・マクドナルド・ハウス京都との相乗効果を期待している。一帯は京都市民の憩いの場となっている鴨川河川敷に接した景勝地で、繁華街にも近いことから、収益施設の立地も期待できる環境にある。

 西脇隆俊京都府知事は会見で「土地の無償貸与という英断をいただいたことは、本当にありがたく感じる」と述べ、感謝の意を表した。

礼拝(イメージ)
礼拝(イメージ)

 ※前半はこちらから

③ 1日5回の礼拝が義務

 イスラム教を信仰する人は、正午など定められた時間に1日5回(宗派により回数は異なるそうです)、礼拝を行うことが義務付けられています。

 介護現場で働く場合には「礼拝時間をどのように確保するか」が課題になります。例えば、施設では正午は利用者の食事介助で多忙です。「この時間に礼拝でいなくなるのは困る」という現場がほとんどでしょう。

 また、勤務シフトにもよりますが、勤務中に最低1回は礼拝時間があるでしょう。礼拝にかかる時間は1回10分程度ですので、昼休憩のときにできれば問題ないのですが、それが難しい場合は「礼拝時間を休憩時間として認めるかどうか」「ほかの職員に比べて休憩時間が長くなる点について、給与面でどう折り合いをつけるか」などを決めておかないと、後々トラブルになりかねません。

 なお、仕事の都合や旅行中などで決められた時間の礼拝が難しい場合は、時間をずらすことも認められているそうです。どこまで職場として対応できるのか、本人としっかり話をしておくことが大事です。

 職場としては、礼拝場所の確保も考えなくてはなりません。礼拝は「静かで清潔な場所」で行うのが望ましいとされています。空いている居室や相談室など、他の人に邪魔されない場所を用意しましょう。礼拝は男女別に行うことになっていますので、2カ所必要です。

 また、礼拝中の人に話しかけたり、前を横切ったりするのはタブーです。うっかり業務連絡などをしないように注意してください。

 伊藤さんは愛知県生まれ。神戸大学卒業後、朝日放送(当時)にアナウンス職で入社。主にスポーツ中継を担当し、2011(平成23)年からは報道キャスターも務めた。大学在学中に落語研究会に所属していたこともあって、23年7月には寄席の神戸新開地・喜楽館で初代支配人に就いた。

 1995年1月17日午前5時46分。兵庫県尼崎市の自宅2階で妻と3歳の長女、生後2カ月の長男と寝ていたところ、地震が起きた。

(画像:アイキャッチ兼用:被災当時を語る伊藤さん)
被災当時を語る伊藤さん

 ベビーベッドに寝かせていた長男が激しく跳ねるほどの揺れ。本棚が倒れて妻の腰に当たり、歩けなくなった妻を背負って、階段を駆け降りた。

 自宅の目の前にある小学校へ避難し、置いてあったテレビを見たが、最も被害を受けた神戸の映像は流れなかった。「それは、被災して傷ついた神戸の人々を余計に落ち込ませた」と朝日放送テレビアナウンサーの伊藤史隆さん(61)は振り返る。

 電話は全くつながらなかった。発生から約20時間後、兵庫県明石市にいた妻の両親が車で駆け付けてくれた。伊藤さんはとにかく大阪市内の会社へ向かおうと、被害の少なかった神戸市北区の有馬へ出て、同県宝塚市の阪急雲雀丘(ひばりがおか)花屋敷駅までタクシーで行こうとしたものの、大渋滞に巻き込まれ、線路などを歩いた。

 会社で安否確認を済ませ、被災地取材を頼まれた伊藤さんは、大阪市中央卸売市場(大阪市福島区)から船で神戸へ入った。初めは神戸市兵庫区にある湊川や上沢を訪れた。近辺は通電で引き起こされる火災が多く、あちこちから火の手が上がっていた。消火栓が使えず、学校のプールからホースで水を引く状況で、リポート担当の伊藤さんも、手伝うよう頼まれた。

 「あそこ家やねん、消して!」と叫ぶ女性。「ごめん、水ないんや、おばちゃんごめん」と必死に謝る消防隊員。そのやり取りを、今も鮮明に覚えている。

 消火活動の様子を映していたカメラマンは「自分はこんなことをしていていいのか」とひどく落ち込んでいた。しかし、記録することで次の被害を減らすことができる。それが報道の使命だと伊藤さんは考えた。

(画像:本願寺神戸別院で営まれた物故者総追悼法要)
本願寺神戸別院で営まれた物故者総追悼法要

 「あんたも大変やったね」。取材を続けていると、自分よりも大変な状況にいる被災者から、そう声を掛けられることが多かった。そのたびに「人の心を思いながら取材しなければならない」と決意を新たにした。

 あれから29年。自分に何ができるのかと、今も考え続けている。

 読売新聞大阪社会部の記者だった故・黒田清氏は、取材・報道の意味について「全ての家庭の幸せを守るため」と答えたという。伊藤さんは「幸せを奪うような戦争、差別にあらがい、自然災害に備え、命を救うのが報道の役割。今も、これからも、心してまいります」と、講演を締めくくった。

 筆者はこういう流れの葬儀を年間10件くらい引き受けている。年々増えてきている感覚がある。大阪市から同じ費用が出ているはずだが、葬儀社によって扱いがまるで違う。一般的な喪家と何ら変わりない丁重な葬儀社もあれば、眉をひそめたくなるような経験をすることもある。

 区によっても若干の違いを感じる。病院は身寄りがない患者と扱っていても、葬祭扶助が下りる前に区役所職員が徹底的に親族を捜す。筆者の経験では亡くなってから火葬まで最長1カ月待たされたことがある。特に夏場はご遺体の損傷が激しくなるため、「故人の尊厳を守ってほしい」と市会議員を通じて市に申し入れたこともあるが、なかなか改善されない。

 では、お寺の対応に違いはあるのだろうか? ごくたまに他のお寺が勤行する葬儀に参列させてもらうことがある。おそらくだが、どのお寺も丁重な勤行をしているだろうとは感じる。

 ただ、法名(戒名)を授けることはないようだ。また、火葬場までは行かないのが一般的になっているようである。

 他のお寺がどうしているかを比べるのも、下品な話かもしれない。筆者は、葬儀社が承知してくれれば、通夜・葬儀から炉前まで、全てで勤行する。もちろん、法名も授ける。

 良いか悪いかは分からない。しかし、葬儀社の係員は比べているかもしれない。通夜勤行は葬儀社には歓迎されない気はしているが。

 身寄りがない人の葬儀は今後ますます増えるだろう。こんなところにも福祉仏教はある。

間取り書き(イメージ)
間取り書き(イメージ)

 とは言っても、高齢者が長時間、一つのことに黙々と集中して取り組むのはなかなか難しいものです。そのため、まずは「昔の自分を振り返る」という雰囲気の「場をつくる」ことが重要になります。こうした講座を行う講師によると、それに効果てきめんの方法があるそうです。

 それは「自分が住んでいた家の間取りを書く」ということ。実際にこれを呼び掛けると、参加者全員が真剣になって取り組むそうです。

 家がなかった人はまずいませんから、全員が平等に取り組めます。仮に貧しい暮らしで幼い頃の家にいい印象がない人でも、学生時代の下宿や新婚時代に住んでいたアパート、初めて買ったマイホームなど、思い出がたくさん詰まっている以前住んでいた家について書けます。

 そして、何より大きいのは、「自分の家の間取りを他人は誰も知らない」という点です。記憶が曖昧になっていたりして、正しい間取りを書けないこともありますが、それについて誰も「間違っているよ」と指摘することがありません。

 高齢者がレクリエーションなどに参加しなくなってしまう大きな原因に「ちゃんとできないから恥ずかしい」「失敗したことでプライドを傷つけられた」といったことがあります。間違いを指摘されない=堂々と失敗できる「間取り書き」は、その心配がないという点で、非常に魅力的といえます。

 東京国立博物館で特別展「法然と極楽浄土」が開催されます。
 比叡山で学び、中国唐代の阿弥陀仏信仰者である善導の教えに接した法然は、承安5(1175)年、阿弥陀仏の名号を称えることによって誰もが等しく阿弥陀仏に救われ、極楽浄土に往生することを説き、浄土宗を開きました。
 令和6(2024)年に浄土宗は開宗850年を迎えました。本展ではこれを機に、法然による浄土宗の立教開宗から、弟子たちによる諸派の創設と教義の確立、徳川将軍家の帰依によって大きく発展を遂げるまでの、浄土宗850年におよぶ歴史を、名宝によってたどります。

日時:4月16日(火)~6月9日(日) 9時30分~17時
会場:東京国立博物館 平成館(東京都台東区上野公園13-9)
料金:一般   2,100円(前売券1,900円)
   大学生  1,300円(前売券1,100円)
   高校生  900円  (前売券700円)
   中学生以下無料
※前売券販売期間:2月6日(火)~4月15日(月)

詳細は>>>こちら

 西大寺で愛染堂の秘仏・本尊愛染明王坐像と多数の寺宝を納める聚宝館が特別公開されます。

日時:1月15日(月)~2月4日(日) 9時~16時30分
場所:真言律宗総本山西大寺(奈良市西大寺芝町1丁目1-5)
料金:本堂・四天堂、愛染堂共通券 大人800円、中・高生600円、小学生400円
   聚宝館は別途300円必要
お問合せ:TEL  0742-45-4700 (西大寺)

西大寺のホームページは>>>こちら

朝護孫子寺で毘沙門天王の秘仏が御開扉されます。

日時:2月1日(木)~2月29日(木) 9時~16時
場所:信貴山朝護孫子寺本堂(奈良県生駒郡平群町信貴山)
料金:500円
お問合せ:TEL  0745-72-2277 (朝護孫子寺)

朝護孫子寺のホームページは>>>こちら

 帯解寺では毎年3月初旬に秘仏が公開されています。御本尊「帯解子安地蔵菩薩」に加え、春日赤童子や虚空蔵菩薩、三面六臂大黒天などの普段は公開されない貴重な仏像、仏画をご覧いただけます。

日時:3月1日(金)~3月10日(日) 9時~16時
場所:華厳宗子安山帯解寺(奈良市今市町734)
拝観料:大人 600円
お問合せ:TEL 0742-61-3861 (帯解寺)

詳細は>>>こちら

特別展 雪舟伝説 ―「画聖(カリスマ)」の誕生―


特別展 雪舟伝説 ―「画聖(カリスマ)」の誕生―

特別展 雪舟伝説 ―「画聖(カリスマ)」の誕生―

 京都国立博物館で特別展『雪舟伝説 ―「画聖(カリスマ)」の誕生―』が開催されます。
 雪舟は6件もの作品が国宝に指定されており、日本美術史を代表する画家の一人です。さまざまな画家たちが雪舟を慕い、その作品に学びながら、新しい絵画世界を切り開いていきました。
 本展では、国宝に指定された雪舟の6件の作品が全て公開されます。そして主に近世における雪舟受容をたどることで、「画聖」と仰がれる雪舟への評価がいかにして形成されてきたのかを考えます。

日時:4月13日(土)~5月26日(日) 9時~17時30分
会場:京都国立博物館 平成知新館(京都市東山区茶屋町527)
観覧料:一般   1,600円
    大学生  1,000円
    高校生  500円
    中学生以下無料

詳細は>>>こちら

error: コンテンツは保護されています