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寺フェス「この世のならひ」
寺フェス「この世のならひ」

 法然上人の大らかさ、柔らかさを現代風に具現化してみたい。これが寺フェスの大きな趣旨です。「この世のならひ」は音楽ライブ等の「フェス」とは違った、仏教や僧侶とのコミュニケーションツールとして、楽しい時間や空間が提供されます。

日時:10月14日(土)・15日(日) 10時~17時
場所:浄土宗西山禅林寺派総本山禅林寺(永観堂)
  (京都市左京区永観堂町48)
拝観料:無料
※予約不要

詳細は>>こちら

 「泉屋ビエンナーレ2023 Re-sonation ひびきあう聲」が開催されます。約 3000 年前の中国古代青銅器からインスピレーションを受け、新進気鋭の鋳金作家 10 名によって新作が制作されました。
 はるか古代から連綿とつづく鋳金の技術はどこからきて、そしてどこへと向かっていくのか。ひびきあう聲と聲のなかから生まれる、鋳金芸術の最先端をお見逃しなく。

日時:9月9日(土)~10月15日(日) 10時~17時
会場:泉屋博古館
  (京都市左京区鹿ヶ谷下宮ノ前町24)
入場料:一般  800円
    高大生 600円
    中学生以下無料

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誓願寺 策伝忌奉納落語会
誓願寺 策伝忌奉納落語会

 戦国時代、誓願寺の第55世法主「安楽庵策伝上人」は、お説教にふとした笑い話を含め、人々に分かり易く、また親しみやすくお話になられました。
 誓願寺では、毎年10月初旬に「策伝忌」を営み、追慕の法要とともに奉納落語会が開催されます。

日時:10月7日(土)
   14時~【策伝上人報恩法要】
   14時30分~【説教】
   15時~【奉納落語会】
場所:浄土宗西山深草派総本山誓願寺
  (京都市中京区新京極桜之町453 )
  (新京極通り六角下る)
入場料:無料

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 長い年月をかけ生まれた鉱物、化石、石製品などによって会場が埋め尽くされます。今に伝わる地球の歴史の一端に触れることができます。

日時:10月7日(土)~9日(月)
   10時~18時(最終日は16時まで)
開場:みやこめっせ(京都市左京区岡崎)
入場料:1日券(日時指定なし) 700円
    通し券(3日間有効)  1,000円

〇特別展示「日本で発見された新鉱物Ⅰ」
 日本国内で発見された”新鉱物”を標本や解説パネルで紹介し、日本産新鉱物の科学と魅力に迫ります。今回の展示では、日本産新鉱物のうち、東日本・関西地方で発見されたものを中心に展示・解説します。

会場:地下1階 第1展示場にて展示

〇イベント「煌きのパンダゴーヌ」
 透明板に石をちりばめて、五角形のきらめくランプを作ります。

参加費:800円
場所:地下1階第1展示場
所要時間:40分程度

〇講習会「鉱物のABC」
 鉱物に興味を持ち始めたすべての方が鉱物について楽しくわかりやすく学べる教室となっています。鉱物の基本性質を実物の標本で観察しながら、鉱物鑑定士や鉱物博士の先生が楽しく解説します。

講師:益富地学会館認定鉱物鑑定士 和田義彦氏ほか
参加費:3,000円
開催日:10月7日(土)/8日(日) ※両日同じ内容です
時間:15時~17時
場所:地下1階第1展示場
※各日定員40名

〇講演会
・10月7日 12時30分~14時
『北海道石の科学:有機鉱物のルネッサンス』
田中陵二氏(公益財団法人相模中央化学研究所 主任研究員)

・10月8日
10時30分~12時
『翡翠の中の新鉱物たち』
 宮島宏氏(フォッサマグナミュージアム元館長・糸魚川市ジオパーク観光ガイド)

12時30分~14時
『日本の新鉱物-発見から誕生まで-』
 松原聰氏(国立科学博物館名誉研究員)

詳細・お申し込みは>>こちら

幾田桃子氏特別講演会「美しい未来のために「生きる」をデザインする」
幾田桃子氏特別講演会「美しい未来のために「生きる」をデザインする」

 まだSDGsという言葉がなかった2001年に、古着から子ども服を作るブランドをアメリカで立ち上げた幾田桃子氏。ファッションやアートを通じて、命の大切さと性暴力をなくすための活動を展開し、「一人ひとりが大切な存在である」というメッセージを世界に発信されてきました。その活動の原点と軌跡についてお話しいただきます。

日時:10月4日(水) 13時30分~15時
場所:龍谷大学深草学舎 顕真館
※会場参加は龍谷大学関係者限定になります。
※学外の方はYouTube配信にてご参加ください。(学内の方もYouTube配信をご視聴いただけます)
※申し込み必須

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 大原隆行氏の絵画展が開催されます。大原氏は京都府宮津市の風景を中心に心から楽しめる作品づくりを心がけておられるそうです。そのような気持ちが込められた色鮮やかな作品をご覧ください。

日時:9月5日(火)~10月1日(日)
   11時~18時(最終日は17時まで)
入場料:無料
場所:ランデヴーギャラリー&カフェ
   (京都市上京区下立売通智恵光院西入ル一筋目下ル)

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須磨寺 早朝参拝・勤行体験
須磨寺 早朝参拝・勤行体験

 須磨寺で早朝参拝・勤行体験が行われます。法話や真言密教の瞑想である「阿字観」も体験できます。勤行終了後は、須磨寺前商店街での自由行動もあります。

日時:9月23日(土)・24日(日)・30日(土)
   午前6時50分から約2時間
参加費:大人・子ども共通 4,000円
特典:・須磨寺前商店街で使える『1,000円クーポン』(500円券2枚)を配布
   ・記念参拝証・須磨寺オリジナルクリアファイルを配布
   ・須磨浦ロープウエイ(Aコース、Bコース)2割引

詳細・お申し込みは>>こちら

 わが国の医療・介護は「家族ありき」の制度設計になっている。頼れる身寄りがいない人は例外扱いされる。

 ある単身高齢者が白内障の手術を受けることになった時「手術の日は付き添いが必要です」と言われ困惑したことがあると言っていた。要支援なので介護保険では通院介助が使えない。家族の手助けがないと医療にかかるにも苦労することになる。結局ボランティアの人が付き添ってくれることになったが、身寄りがいないと制度が使いづらくなるのは奇妙な話だ。

 100周年記念行事では他に報道写真展が6日間開催されていた。100年分の紙面から選ばれたパネルコーナーがあった。1954(昭和29)年の紙面に目が留まった。「食えそうな話」と題されたコラムには「まず寺を開放することだ―従来の葬式中心のやり方をあらためて寺にさまざまの文化施設、教養娯楽の会をつくることだ」と書かれてあった。なんのことはない「葬式仏教からの脱却」は70年前のコラムにも書かれてあったのだ。

 それでも現代において多くの人が持つ寺のイメージは「葬式、年忌法要」ではないだろうか? 寺側に「変わらねば」という意識があっても、多くの人が求めているのは「葬式仏教」なのかもしれない。

 しかし、その葬式も「喪家」という言葉に表されるように「家族が出すもの」という前提であろう。頼れる身寄りのいない人は医療・介護の制度が使いづらいように、葬式も出してもらいにくいのが現代の事情ではないだろうか?

 筆者の提案する「福祉仏教」は「葬式仏教をやめよ」と言っているのではない。葬式仏教を続けるためには「福祉仏教」に移行する必要があると提言している。赤の他人が緩やかなつながりの中で、家族同様に葬式を出す社会を実現していきたいと思っている。

 一見、介護とは無縁の印象を受ける若山さん。さわやかな笑顔と高身長、細身のスタイルは、タレントのような雰囲気を醸し出す。

介護福祉士若山克彦さん
介護福祉士若山克彦さん

 20代で訪問ヘルパーになり、介護福祉士、ケアマネジャーと順調にキャリアアップ。介護福祉士養成講座などで講師を務め、介護現場にまつわるコミュニケーションやレクリエーションを教えてきた。

 また、一般社団法人世界ゆるスポーツ協会(澤田智洋代表理事)と介護用品・福祉用具通販の「スマート介護」が企画して作ったDVD「プラスダンス」では、介護のお兄さんとして登場。教育番組にありそうな親しみやすいメロディーで、誰でも気軽にできるダンスと歌を披露している。

 しかし、メディアや講師業で順風満帆に見える中、2018年には自身が経営するデイサービスが経営難で倒産。心を込めて作った施設の閉鎖を余儀なくされ、精神的に参っていた時期があった。

 そんな時に、プロカメラマンから「写真を撮りたい」と声をかけられた。何かできるかもしれないと、一緒にフォトブックを制作することにした。「ただただ、カッコ良く写っている写真を撮ってもらった」という。

 フォトブックのタイトルは『R65介護男児〜僕と一緒にデートしよう〜』(株式会社GOBOU)。テーマは「全国のおばあちゃんたちにときめきを届ける」だ。クラウドファンディングで資金を募り、目標金額を上回って出版した。2019年3月のことだ。

意欲支援を目的に制作された写真集
意欲支援を目的に制作された写真集

 写真集では、「プラスダンス」でのにこやかな笑顔が印象的な若山さんとは真逆な、ダンディでスタイリッシュないでたちで写っている。

 ページをめくると、絵本のようにストーリーがある。昼からデートをし、一夜を共に過ごして朝を迎えるという内容だ。

 読者に語りかける口調で、文字が書いてあるのも面白い。紙芝居のように話が進んでいく仕掛けが、女性の高齢者に好評だったという。

 「例えばページの中に、『おみそ汁は赤みそと白みそどちらを使っていましたか?』という問いかけがあるんです。すると、女性利用者さんは『私は赤みそよ』なんて答えながらページをめくって楽しんでくださっているそうです」

 あるデイサービスでは認知症の女性が、帰りの送迎車の順番が待てず施設内を歩き回っていたが、若山さんの写真集を手渡すとページを開き、帰りの時間までおとなしく待っていられたという。

写真③写真集ページ
色気のある写真が多く、今までにない写真集が仕上がった

 「介護士1人分の仕事をしてくれている」と介護関係者から褒められるほど、写真集は好評だった。今でも各地の介護施設に1冊はあるというロングセラーだ。

たくさん可愛がってもらったから、今がある

 若山さんは1975(昭和50)年東京生まれ。20代前半は営業職に就いたが、ノルマに追われ、5年働いた末に退職。特にやりたいこともなく、周りと比べ自己肯定感の低さを感じていた。 

 母親の友人に勧められて旧ホームヘルパー2級を取得。縁あって、訪問介護事業所に就職し、26歳から訪問ヘルパーになった。若い男性がヘルパーになるのは珍しがられたが、抵抗はなかった。

 訪問介護では身体介護の他に掃除や料理、洗濯などもサービスの一環として行う。だが家事ができず、「何しに来たの?」と言われたこともあった。

写真④プラスダンス ブルーのポロシャツを着た若山さん
「プラスダンス」で笑顔があふれる

 しかし、営業職で積んだコミュニケーションスキルや根っからの明るさが利用者に喜ばれた。徐々に「待っていたよ」「よく来たね」と好かれるようになり、がぜんやる気がみなぎった。

 何より30代で勤めたデイサービスでは、レクリエーションで活躍。短い時間でも、できるだけ一緒に利用者と楽しみ、それぞれの個性や笑顔を引き出すことに生きがいを見いだした。介助で手をつないだ女性利用者が「このままあなたとワルツを踊りたい」となかなか離そうとしなかったほど、若山さんは人気者だった。

 「デイサービスの現場は、いつもみんなで大声で笑い合って、楽しかったです。僕がここまで介護を続けられたのは、利用者さんたちがすごくかわいがってくれたから。介護の仕事っていいなと思います。いろんな人に興味を持ってもらいたい」

これからの介護士たちへ

 若山さんは現在、毎日正午から午後1時まで、TikTok の「雑談ルーム」を配信している。若山さんのおしゃべりを、介護士や看護師など介護や医療に携わる人たちが聞きながら、悩みや質問をシェアしている。

写真⑤アイキャッチ兼用 グレースーツ横
経営者の気持ちに寄り添うコンサルティングをしたいと話す

 今後も変わらず、介護職の人々に向けて役に立つ情報の発信や支援を行っていきたいという。

 「介護業界で感じる視野の狭さを広げることや、現場で起きる出来事を1人で抱え込まず、悩みを話せる環境作りが大事だと思います」

 経営者の気持ちに寄り添うコンサルティングを通じて、人材を育てながら、介護パフォーマーとして活躍していく。

三浦氏の話を聴くカトリック信者ら
三浦氏の話を聴くカトリック信者ら

 演題は「8050問題=用語解説=と宗教者の社会貢献」。三浦氏は、普段の活動を紹介する中で、自身が関わる高齢者施設の利用者が入院した際に「面会に行くことを大切にしている」と話した。普段から顔を知る僧侶がベッドサイドに赴くことで、お年寄りがほっとして日常を取り戻せると明かした。

 また、日ごろから連携する看護師や薬剤師との会話から、宗教者へのニーズが高いことを実感していると強調した。

 8050問題に関しては、さまざまな実例を紹介しながら「親が50代、子が20代の頃から、社会が手を差し伸ばさなければならないのではないか」と指摘。「家の中で抱えていても、問題は解決しない。まず親から子を手離してくださいと伝えている」と語った。

 その上で、お寺と教会の親なきあと相談室について、「宗教施設には、神仏が重荷を支えてくれるというバックボーンがある。抱えている問題を話し合えるような場を作ってくれたらうれしい」と伝え、活動への協力と参加を呼び掛けた。

宗教超え、重荷支える

 今回の講演は、三浦紀夫氏が非常勤講師を務める上智大学グリーフケア研究所で学んだカトリック信者の上田充さんが、地元の登美が丘教会のメンバーにも、お寺と教会の親なきあと相談室の活動を知ってほしいと企画した。

講演会が行われた登美が丘教会
講演会が行われた登美が丘教会

 上田さんらは、三浦氏が親なきあと相談室を開く聞法道場「あかんのん安住荘」(大阪市平野区)などで、当事者や家族が語り合う「親あるあいだの語らいカフェ」に参加。将来、登美が丘教会でも開催できないかと考えており、10月に開講する「文化時報 福祉仏教入門講座」の第5期の受講もする予定だ。

 今回の講演会は、日曜のミサの後に行われた。登美が丘教会の柳本昭神父は、講演に先立ち「宗教を超えて、私たちが共に人々の重荷に手を添えられないか、何かできないかを、学んで探したい」と述べた。

 質疑応答では、信者から熱心な質問や感想が聞かれた。ひきこもりの経験がある子の母親という女性は「当時は相談するにも、勇気やパワーが必要だった。私は教会に救われ、神父さまと仲間に『あの子は大丈夫』と言ってもらえたことが支えになった」と語った。

 別の女性は、統合失調症の可能性がある知人から頻繁に電話で相談を受けているものの、「誰にも言わないでほしい」と頼まれることから「どう病院につなげればいいのか分からない」として、いい方法がないか尋ねた。

 これに対し、三浦氏は自身が対処した実例を挙げながら、「一概には言えないが、一つだけ共通するのは『とにかくあなたのことを心配している』と伝えることではないか」と語った。


【用語解説】8050問題(はちまるごーまるもんだい)
 ひきこもりの子どもと、同居して生活を支える親が高齢化し、孤立や困窮などに至る社会問題。かつては若者の問題とされていたひきこもりが長期化し、80代の親が50代の子を養っている状態に由来する。

 

真言宗立教開宗1200年を迎える東寺。五重塔内部も公開される
真言宗立教開宗1200年を迎える東寺。五重塔内部も公開される

 東寺は平安遷都後間もなく官立寺院として建立され、嵯峨天皇が823(弘仁14)年、弘法大師空海に託した。弘法大師空海は五重塔や講堂の整備に着手し、一般の人々を対象とした私設の学校、綜藝種智院(しゅげいしゅちいん)を近くに設立した。


 真言宗立教開宗1200年慶讃大法会は「尽きぬ願いに祈りは続く」をスローガンに、東寺真言宗が10月8~14日に奉修する。開白の8日は金堂で大曼荼羅(まんだら)供を営み、中日の11日には鎮護国家御願法要、結願の14日は御影堂(みえどう)で御法楽を行う。誰でも拝観できる。


 一方、特別拝観「東寺のすべて」は9~31日に東寺などが開催。講堂、金堂、五重塔などの内部を公開するほか、食堂(じきどう)では写真家・土門拳(1909~90)の写真展を行い、東寺を被写体に撮影した代表作約50点を展示する。


 灌頂院ではアーティスト・小松美羽氏が制作した「ネクストマンダラ―大調和」を披露。宝物館では2023年秋期特別公開・真言宗立教開宗1200年記念として「東寺の宝物をまもり伝える」を開き、修理が完成した宝物や、近年重要文化財に指定された宝物を一挙公開する。


 拝観時間午前9時~午後5時(受付午後4時まで)。拝観料一般2000円、高校生1500円、中学生以下1000円で、スマートフォンで聞ける無料音声ガイド付き。問い合わせは東寺(075-691-3325)。

 詳細は>>東寺真言宗クラウドファンディングサイトまたは特設サイト

自転車のヘルメット(イメージ画像)
自転車のヘルメット(イメージ画像)

① 着用しないと罰則?

「努力義務」ですので、着用しなくても罰則や罰金はありません。警察もホームページや街頭キャンペーンなどで着用を呼び掛けていますが、非着用者に対する取り締まりなどはしません。

② 同乗者に着用義務は?

 ヘルパーの中には、プライベートでは小さなお子さんと一緒に自転車に乗っている方もいると思いますが、同乗者も年齢に関わらず着用が努力義務となります。

③ ヘルメットなら何でもいい?

 工事現場用のヘルメットは頭部全体の保護能力に劣りますので好ましくありません。オートバイ用ヘルメットは不可ではありませんが、重いので運転時の身体への負荷が大きくなります。

④ ヘルメットはどこで買う?

ネットでも販売されていますが、特に外国製の場合は日本人の頭部形状に合わないこともあります。できれば自転車用品店などで実物を手にして選びましょう。

 ヘルパーの場合、自転車を頻繁に乗り降りすることが多いため、ヘルメット着脱の手間がかかります。また、女性の場合は髪の毛の乱れも心配です。さらに、訪問中は脱いだヘルメットをどこに保管しておくか、などの問題もあります。こうしたことから、実際の訪問介護の現場ではヘルパーが着用する場面はまだまだ少ないようです。

 それでも今後は、就労中の安全確保の観点から、事業所として着用を義務化する、あるいはヘルパーが個人判断で着用するケースが増えていくものと思われます。状況を注視しておく必要がありそうです。

ヒューマニズム宣言サムネイル

 そこには外交官・杉原千畝の記念館がある。千畝は1939年に開設されたリトアニア領事館の領事代理として、ナチスドイツの迫害から逃れるためにビザの発給を求めて領事館に詰め掛けた2千人を超えるユダヤ人たちに、「命のビザ」を発給し、家族を含め6千人余りを出国させた。

 千畝はビザ発給にあたり、外務省から許可を得るべく交渉を続けたが、ドイツとの同盟関係を模索していた本国は難色を示した。結局、千畝は、命の危機が迫っていたユダヤ人たちに人道的見地から独断でビザを発給した。その功績は今でこそ「日本のシンドラー」としてたたえられているが、国の意向に逆らったとして、帰国後外務省から退職勧奨を受け、その後は職を転々とする生活を余儀なくされた。

 しかし、彼は後年「外交官としてではなく、人間として当然の、正しい決断をした」と述懐し、この言葉を刻んだ碑が、千畝の母校である(ただし中退)早稲田大学に建てられている。

 岐阜の杉原千畝記念館で千畝の足跡をたどった私は、つい先日、今度は千畝が発給したビザを携えたユダヤ人たちが上陸した福井県敦賀市を訪れる機会を得た。ユダヤ人たちは、敦賀でひと時の休息をし、市民から温かいねぎらいを受けた後、アメリカなどの第三国に向けて出発していった。敦賀港には、この出来事を伝えるための博物館「人道の港 敦賀ムゼウム」がある。

 ムゼウムの中で、とりわけ心を動かされた展示があった。ユダヤ人たちはウラジオストクから天草丸という汽船で敦賀を目指したのだが、二十数回にわたるこの搬送業務を担ったのが、JTB(当時のジャパン・ツーリスト・ビューロー)だった。民間会社であるJTBも、政府の意に反する業務を担うことに躊躇(ちゅうちょ)したが、最後は「人道的見地から引き受けるべきだ」との結論に至ったという。

 JTBの添乗員・大迫辰雄は、天草丸に多数回添乗し、ユダヤ人たちの世話を親身に行った。感謝したユダヤ人たちは自らの顔写真を大迫に託した。ムゼウムにはその写真を集めたアルバムが展示されているのだ。

 杉原千畝の名は世界に広く知られているが、大迫辰雄はどうだろうか。少なくとも私は今回の敦賀訪問で初めて彼の存在を知った。

 さまざまな偉業で歴史に名を残した人は、もちろん尊敬に値するが、崇高な志を持ち「立ち上がった人」を、陰になり日なたになり物心両面で「支えた人」たちの存在がなければ、その偉業が成し遂げられることはなかっただろう。今更ながら、「支える人」たちに思いを致したい。

【用語解説】大崎事件

 1979(昭和54)年10 月、鹿児島県大崎町で男性の遺体が自宅横の牛小屋で見つかり、義姉の原口アヤ子さん(当時52)と元夫ら3人が逮捕・起訴された。原口さん以外の3人には知的障害があり、起訴内容を認めて懲役1~8年の判決が確定。原口さんは一貫して無実を訴えたが、81年に懲役10年が確定し、服役した。出所後の95年に再審請求し、第1次請求・第3次請求で計3回、再審開始が認められたものの、検察側が不服を申し立て、福岡高裁宮崎支部(第1次)と最高裁(第3次)で取り消された。2020年3月に第4次再審請求を行い、鹿児島地裁は22年6月に請求を棄却。福岡高裁宮崎支部も23年6月5日、再審を認めない決定を出した。

 冒険遊び場は「プレーパーク」とも呼ばれ、1943年にデンマークで始まったとされる。既製の遊具がある公園とは異なり、自然や廃材などを使って自由に使ったり壊したりできる環境を整える。日本では70年代に東京都世田谷区で誕生し、NPO法人日本冒険遊び場づくり協会によると、249団体が396カ所で活動している。

ちよたんパークのゲート
ちよたんパークのゲート

 大阪千代田短大は雑木林に道をつくったり、危険な枯れ木を撤去したりした上で、グラウンドの一部を使用して冒険遊び場を整備した。子どもたち自身が遊びを作り出すことに重点を置き、最小限の道具や木材などは準備するものの、自主性に任せる。

 のこぎりや金づちなど本物の工具を使ったり、たき火を行ったりできるほか、森の中の探検も楽しめる。見守るのは大阪千代田短大と高野山大学教育学科の学生や職員らのほか、大阪・千里ニュータウンで活動する子ども関連のNPOのスタッフらが協力する。

 7月2日にオープニングイベントを企画していたが、悪天候が予想されたことなどから9月3日に延期した。

 大阪千代田短大付属幼稚園に子どもたちを招待すると呼び掛けたところ、当初は園児や卒園した小学生を含め約70組の親子から申し込みがあったという。

 今後は年3回ほどイベントを開くほか、河内長野市内の保育園児や幼稚園児ら市民に開放する。問い合わせは大阪千代田短大(0721―52―4141)。

高野山大も歓迎

 過酷な労働環境や保護者への対応を懸念して教員志望の学生は減少傾向にあるといわれる。高野山大学の添田隆昭学長は、教育学科に対するこうした〝逆風〟を指摘した上で、今回の大阪千代田短大の取り組みを「座学では得られない実践的な力を身に付けられる」と歓迎する。

子どもたちの想像力を喚起する「作りかけ」の造形物。元はテニスコートだったが、フェンスで囲み、整備された
子どもたちの想像力を喚起する「作りかけ」の造形物。元はテニスコートだったが、フェンスで囲み、整備された

 「教員養成は、いつしか教員採用試験の予備校と化したように思える。今回のような取り組みを通じた現場で対応する力が、今後ますます必要となるはずだ」

 添田学長は現在、高野山真言宗総本山金剛峯寺(和歌山県高野町)で寺務検校執行法印(じむけんぎょうしぎょうほういん)の重職にある。1年間は山を下りることができないため、教育学科でも教鞭(きょうべん)を執っているが、リモート授業という。

 高野山大学は今春、社会人を対象に新設した密教文化コースが好調な滑り出しを見せている。添田学長は「弘法大師御誕生1250年の記念の年に、隅々にまでお大師様のお導きが及んでいると感じている」と話した。

 

生きることば

 安藤忠雄氏は、世界的に活躍する建築家として知られています。打ちっぱなしのコンクリートや幾何学的でシンプルな造形、光のデザインが特徴的で、東京都の「表参道ヒルズ」や大阪府の「こども本の森・中之島」などの設計も手掛けました。

 1941(昭和16)年、大阪に生まれた彼は、高校卒業後、独学で建築を学びました。本を読むだけでなく実際の建築を見ることを重視し、世界中の建築を見て回ります。その旅の中で「可能性を超えたもの」に出会い、人の心を動かす作品を生み出すヒントを得たのでしょう。

 「可能性を超えたもの」とは、それまでの常識では考えつかないようなもの、想像もつかないようなことを指すのだと思います。それは、“物”だとは限りません。

 福祉の現場で働く皆さんも、「可能性を超えたもの」に出会ったことがあるのではないでしょうか?

 このサイトでも、そのような人々をたびたび取り上げてきました。筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者とデイサービスの相談員が結成した音楽ユニット「たか&ゆうき」や、筋痛性脳脊髄炎など複数の病気を抱えながら車いすタレント・モデルとして活躍する塚本明里さんと彼女を支える母・弥生さんなど。彼らの挑戦は、常識では不可能と思えるでしょう。

 誰もが不可能だと思うようなことでも、本人の意志が強ければ成し遂げられることもあります。それが、見た人に勇気や感動をもたらすのです。

 皆さんも何かに対して強い思いを抱いているのなら、怖くても実践してみてください。いつか可能性を超えて、誰かの心に残るものになるかもしれません。

 

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