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「文化時報」コラム

〈96〉「あの星の向こうに」

2026年1月17日

※文化時報2025年12月12日号の掲載記事です。

 弁護士は「喋(しゃべ)る仕事」である。法廷での弁論や尋問はもちろん、各地での講演や議員へのロビイングなどの場面でも、自分の主張を相手に伝えるために「喋る」機会が多い。

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 その際、内容がどれほど素晴らしくても、それを伝える技術がなければ相手の心には響かない。説得力を増すために、声の大きさ、トーン、抑揚、滑舌といった「喋る技術」も重要である。

 この点、中学、高校と演劇部に所属していたことが、図らずも役に立っている。

 高校の演劇部で同学年だった仲間は9人いた。その後の進路はジャーナリスト(2人)、大手デパート、大使館、ITベンチャー、大学教授、公務員、弁護士(2人)、と多岐にわたるが、社会人になっても演劇を続けたのはたった1人だった。

 公務員として某政令指定都市に勤務する傍ら、アマチュア劇団などで活動を続けていたT君が、このたび「アイビス山村組」という演劇集団の舞台に立つ、という一報を受け、かつての部活メンバー4人と共に公演に馳せ参じた。

 公演会場となったのは、東京・中目黒の「キンケロ・シアター」。俳優の故・愛川欽也氏と、妻でタレントのうつみ宮土理氏が、「俳優にとって演じやすく、観客にとって観やすい劇場を」という思いを込めて設立した劇場である。観客数133名のこじんまりした劇場だが、公演チケットは全日程とも完売だそうだ。

 演じる役者たちは、ほとんどが60代、70代で、別の仕事を持ちながら演劇を続けてきたという。皆、声の張りも、舞台上の動きも溌剌(はつらつ)として、演じる喜びに満ち溢(あふ)れている。

 T君は脇役ながらドラマのキーパーソンとなる人物を堂々と演じていた。

 演目は「あの星の向こうに」というタイトルだった。第3次世界大戦、南海トラフ巨大地震を経て地上が放射能に汚染され、人々が地下のシェルターに暮らす2100年。かつて官僚や技術者として国のために働き、今は第一線からリタイアし、家族もいない3人の初老の男性と、3人を監視するために付けられた若い女性1人が、人類の存亡に関わる危機を未然に防ぐという密命を受け、タイムマシーンで2025年の東京にやって来る。たどり着いた先は下町の食堂で、そこに「民泊」しながら任務を遂行するという、笑いあり涙ありの物語だ。

 感情やコミュニケーションを「非効率的」と否定される未来からやってきた4人が、人情厚い下町の人々と接するうちに人間らしさを取り戻し、無事に任務も果たすが、そこで最大の困難に直面する―。

 同い年のT君をはじめ、人生の終盤に近づきつつある役者たちが、芝居を通じて「諦めずに夢を持ち続ける」ことの意味を観る者に突きつける姿に、不覚にも涙があふれた。

 役者として舞台に立つ夢は諦めても、私には使命がある。ひるむことなく「あの星の向こうに」歩みを進めなければ。

【用語解説】大崎事件

 1979(昭和54)年10 月、鹿児島県大崎町で男性の遺体が自宅横の牛小屋で見つかり、義姉の原口アヤ子さん(当時52)と元夫ら3人が逮捕・起訴された。原口さん以外の3人には知的障害があり、起訴内容を認めて懲役1~8年の判決が確定。原口さんは一貫して無実を訴えたが、81年に懲役10年が確定し、服役した。出所後の95年に再審請求し、第1次請求・第3次請求で計3回、再審開始が認められたものの、検察側が不服を申し立て、福岡高裁宮崎支部(第1次)と最高裁(第3次)で取り消された。2020年3月に第4次再審請求を行い、鹿児島地裁は22年6月に請求を棄却。福岡高裁宮崎支部も23年6月5日、再審を認めない決定を出した。

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