2025年1月26日
※文化時報2024年12月6日号の掲載記事です。
パワーハラスメント疑惑や内部告発への対応を巡り、兵庫県議会から不信任決議を受けて失職した斎藤元彦知事が、出直しの知事選で再選された。
県民が正当に選挙を行った結果である。斎藤知事が返り咲いたこと自体に、県民ではない人々が異議を唱えるのは慎んだ方がいいだろう。それを前提として、出直し選の問題点は何だったのかを考えたい。
会員制交流サイト(SNS)が結果に影響したことは、衆目の一致するところである。新聞やテレビなどの既存メディアがSNSに敗北したとの論評もあるが、情報を出す際には垂れ流しにせず、品位と節度を保つべきなのは、SNSも既存メディアも同じだ。
今回の知事選で最も憂慮するのは、亡くなった人を冒瀆(ぼうとく)する言説が流布したことである。
一連の疑惑は、県幹部の元県民局長による匿名の内部告発で今年3月に明らかになった。斎藤知事は側近に調査を指示し、告発者を元県民局長と特定して懲戒処分にした。元県民局長は7月に死亡しており、自殺とみられている。
SNSでは、元県民局長の公用パソコンに私的な情報が含まれていたことを、自殺と結び付けて論じる投稿が相次いだ。
だが、人は必ずしも論理的な思考で死を選ぶわけではない。多くの場合は精神的に追い込まれてうつ状態になり、正常な判断ができなくなって「死ぬしかない」と思い込んでしまう。人命が失われた重大性を受け止めず、動機や背景を矮小(わいしょう)化した情報発信は、故人の尊厳や遺族の心情に配慮しているとは到底いえない。
選挙戦では、真偽不明で検証困難な情報が過激な言葉と共に拡散した。有力候補と目された稲村和美氏は「何と向かい合っているのかなという違和感があった」と敗戦の弁を述べた。
一方、自身の当選を目指さないと公言した立花孝志氏は、政見放送や街頭演説とSNSを駆使し、斎藤知事のパワハラ疑惑を「根拠がない」と主張し続けた。県議会調査特別委員会(百条委員会)による県職員へのアンケートで、140人がパワハラを目撃して知っていると回答したにもかかわらず、である。
誤報やデマでも繰り返し触れることで信じてしまう現象は「真実性の錯覚」と呼ばれる。自分にとって都合のいい情報ばかり集める心理には「確証バイアス」という名前が付いている。
特に政治が絡むとき、私たちは情報に関してこうした弱点があることに十分注意しなければならない。
かつてナチス・ドイツはプロパガンダの手段としてラジオに着目し、国民から正常な思考を奪った。先の米大統領選では、人工知能(AI)を使ったとみられる偽動画がSNSで拡散し、連邦捜査局(FBI)がロシアなどの海外勢力による介入だと警鐘を鳴らした。
悪意をもって世論を操作しようとする者にとって、今回の出直し選など赤子の手をひねるよりたやすかっただろう。繰り返しになるが、それでも正当な選挙の結果である。県民は自分たちが選んだ知事がどんな県政運営をするのか、しっかりと見届けてほしい。