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福岡事件の無実訴え 死刑執行50年の命日に講演

2025年9月20日

※文化時報2025年6月27日号の掲載記事です。

 1947(昭和22)年の福岡事件=用語解説=で死刑が執行された西武雄さんの無念を晴らそうと活動している熊本県玉名市の僧侶、古川龍樹さん(65)が17日、大本梅松苑(京都府綾部市)で講演した。この日は死刑執行から丸50年に当たり、大本祭式での慰霊祭も行われた。集まった関係者らは、冤罪(えんざい)の訴えが届かず非業の死を遂げた西さんを思い、司法の問題点について考えた。(主筆 小野木康雄)

自白だけの有罪に警鐘

 古川さんは単立寺院、生命山シュバイツァー寺(熊本県玉名市)の代表で、同寺を設立した真言宗僧侶、古川泰龍師の長男。西さんの無実を信じ、裁判のやり直しを求める再審請求運動に奔走した泰龍師の遺志を継いで、国内外で冤罪撲滅を訴えている。

(画像アイキャッチ兼用:西武雄さんの写真とともに福岡事件について語る古川龍樹さん=17日、京都府綾部市)
西武雄さんの写真とともに福岡事件について語る古川龍樹さん=17日、京都府綾部市

 講演で古川さんは、警察の見立てである「強盗殺人」について、西さんは事件の計画も現場も知らず一貫して無罪を主張していたと指摘。当時は戦後の混乱期で拷問による取り調べが行われており、その様子を見せられた「共犯者」が虚偽の自白を搾り取られたことで、有罪が認定されたと説明した。その上で「自白さえあれば有罪とされる状況は、今なお続いている」と警鐘を鳴らした。

 福岡拘置支所(当時)の教誨(きょうかい)師だった父の泰龍師は、西さんと面会し、事件現場を調べて「真相究明書」を記すとともに、63年から全国を托鉢(たくはつ)行脚。資金を集めながら再審を訴え続けた。

 こうした活動が世論を動かし、68年には冤罪の可能性が高く死刑が確定した事件の再審を認める「再審特例法案」が超党派の国会議員らにより上程された。

(画像:講演会場には、過去の写真や事件を報じた新聞記事など豊富な資料が展示された)
講演会場には、過去の写真や事件を報じた新聞記事など豊富な資料が展示された

 しかし廃案となり、政府は恩赦による救済を選択。実行犯とされて死刑が確定していた石井健治郎さんは無期懲役に減刑されたが、恩赦が濃厚とみられていた西さんについては却下され、75年に死刑が執行された。

 古川さんは「まるでだまし討ちのようなやり方で処刑された」と批判。西さんが周囲に「最後まで闘ってくれ」という言葉をのこしていたと明かし、「私たちは福岡事件の真実を明らかにする努力を、たとえ年月がたとうとも決して止めてはならない」と力を込めた。

仏画と写経獄中で残す 信念、葛藤…俳句に込め

 西武雄さんは獄中で仏教徒となり、浄土真宗に傾倒。釋住寧という法名を授かった。決められた起床時間より早い午前4時半に起きて仏画と写経に取り組み、死刑執行2年前の1973(昭和48)年の時点で写経は約2800巻、使いつぶした毛筆は200本を超えていたという。

(画像阿弥陀経全体と部分の2枚:『阿弥陀経』を写して「南無阿彌陀佛」の六字名号を浮かび上がらせた西さんの書)
阿弥陀経』を写して「南無阿彌陀佛」の六字名号を浮かび上がらせた西さんの書

 拘置所では紙が貴重品とあって、誤字脱字のないよう心を平静に保って書き連ねた。浄土三部経(『無量寿経』『観無量寿経』『阿弥陀経』)の約2万8千字を書き上げた際には新聞に取り上げられた。仏画と写経を売った収益でハンセン病療養所の星塚敬愛園(鹿児島県鹿屋市)に梵鐘(ぼんしょう)を寄贈したこともあった。

 古川龍樹さんは「西さんは『私の無実を見てください』という誰も聞いてくれない思いを、仏画と写経をかくことによって訴えていたのではないか」と話す。

 「叫びたし寒満月の割れるほど」の代表作で知られる俳句は、約600句をのこした。主に61年に書かれた「獄中句日記 死なぬ死刑囚」には、逮捕後間もなく西さんから離婚を切り出した妻と子ども、両親への追慕と感謝の思いがつづられている。

 「吾(わ)が誤判知るは神のみ寒夕焼」「雲雀野(ひばりの)に大手を振って出てみたし」。孤独の中で闘い、雪冤の願いが届かず死刑が執行された西さん。生前、周囲にこう語っていたという。

 「私は死を少しも恐れてはいません。ただ、誤判によって無実の者が死刑になるという悲しい出来事が今後繰り返されてはならないと思うだけです」

西さんの慰霊祭 大本が斎行

 大本(出口紅教主)は17日、梅松苑みろく殿で、福岡事件の元死刑囚、西武雄さんの慰霊祭(五十年祭)を行った。上田浩史祭務部次長を斎主に、西さんの無実を訴える僧侶、古川龍樹さんら約10人が参列した。

(画像:梅松苑みろく殿で営まれた慰霊祭(五十年祭))
梅松苑みろく殿で営まれた慰霊祭(五十年祭)

 大本は教団として死刑廃止と冤罪撲滅を訴えており、2005(平成17)年の三十年祭の際、西さんのみたまを祖霊社にまつった。

【用語解説】福岡事件

 1947(昭和22)年に福岡市で発生した事件。軍服の取引に関与した中国人ら2人が射殺され、現金が持ち去られた。警察は西武雄さんを主犯、石井健治郎さんを実行犯とする強盗殺人事件と断定し、7人を逮捕。西さんは一貫して無実を訴え、石井さんは「誤射」を主張したが、56年にいずれも最高裁で死刑が確定した。
 真言宗僧侶で教誨(きょうかい)師の古川泰龍師らが再審と助命を求め、75年に石井さんは恩赦で無期懲役に減刑されたが、西さんは死刑が執行された。その後も古川師による再審請求運動は続き、古川師の死後は長男の龍樹さんが遺志を継いでいる。

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