2025年12月15日
※文化時報2025年10月24日号の掲載記事です。
浄土宗系単立寺院の法然院(梶田真章貫主、京都市左京区)が「死者の行方」をテーマにしたトークイベントを開催した。産業僧で浄土真宗本願寺派僧侶の松本紹圭さんをコーディネーターに、同派善西寺(三重県桑名市)住職の矢田俊量さん、日蓮宗真如寺(大阪府能勢町)副住職で妙林寺(京都市右京区)住職の植田観肇さん、浄土宗僧侶の大倉円教さんが供養の在り方や死への思いを語り合った。
ホスピスケアやグリーフ(悲嘆)サポートなどの活動をしている矢田さんは「なぜ私が死ななければならないのか」といった根源的な問いに向き合えるのは医療者ではなく僧侶だとして、看護と仏教が協力し合う「看仏連携」の大切さを説いた。
死者の行方については、遺族や医療者の喪失感に触れつつ「あの世がある・ないではなく『なきゃ困る』のではないか。お釈迦様はあの世のことは語らなかったが、喪失の苦しみには答えてくれた」と語り、松本さんも「『なきゃ困る』は、切実な問いだ」と同意した。

植田さんは能勢妙見山でブナ林保護を行っており、山の一角を墓地としてパウダー状にした遺骨を埋葬する「循環葬」に取り組んでいる。関心を持つのは理系の人が多く、自然との一体化を志向する人や、戸籍・婚姻関係に固執しない人にも選ばれているといい、「世の中から取り残されている人の救いになっているのではないか」と話した。
これに対し松本さんは「多くの墓は家族単位だが、少子高齢化で『家』という物語が成立しなくなり、どこに自分を置くかと考えたときに『自然』が当てはまるのではないか」と述べた。
会場からは「死は怖いか」との質問もあり、松本さんは「死ぬのが怖くてお坊さんになった」、植田さんは「輪廻に入るだけなので死ぬのは怖くない。円に始まりも終わりもなく、永遠の旅路の中の一瞬が今生だと思う」、大倉さんは「怖くないが、輪廻転生の感覚があるので、人生は短いということを知っている」と語った。
イベントは第35回善気山文化塾「死者の行方〜それぞれの信心」として9月28日に開催された。梶田貫主はさらに異なる宗派の僧侶を呼び、次回も行いたい考えを示した。