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「文化時報」コラム

〈94〉10月の「交錯」

2025年12月13日

※文化時報2025年10月31日号の掲載記事です。

 10月15日の正午、私は衆議院第2議員会館前の路上でマイクを握っていた。三つの市民団体が主催する「いまこそ再審法改正 国会議員要請一日行動」に参加し、再審法改正の必要を訴えるアピールを行っていたのである。ここ数カ月、国会議事堂や議員会館前でスピーチを行う機会が増えたが、この日はいつも以上に声を振り絞った。

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 「みなさん、10月15日は、鹿児島で大崎事件が発覚した日です。46年前の今日、牛小屋の堆肥の中から被害者の遺体が発見され、その後、原口アヤ子さんが殺人・死体遺棄事件の首謀者とされました。しかし、アヤ子さんは一貫して無実を訴え、過去に3度も再審開始が認められながら、そのたびに検察官の抗告によって取り消されてしまいました。アヤ子さんは98歳にして、新たに第5次再審の闘いに臨もうとしています。再審法改正はもう待ったなしなのです」

 そう、46年前の10月15日から、アヤ子さんの人生はそれまでとまったく違うものになってしまったのだ。文字通り、無実を晴らすためだけに闘い続け、98歳になった今もなお、ベッドの上で声にならない無実の叫びを発し続けている。

 夕刻、国会前アピールを終えた私は息子夫婦の家に向かった。途中でデパ地下に立ち寄り、いつもよりかなり豪勢な食材を買い求めた。息子夫婦の家に着くと、台所に立ち、パエリアとローストビーフを作った。

 10月15日、それは私にとってたった一人の息子である玲緒(れお)の誕生日である。離れて暮らすようになってからは、誕生日の当日に家族で集うことは少なくなった。が、今年はちょうどこの日の前日から東京での仕事が続いたので、息子の誕生日を、手作りの料理で祝うことができた。息子のパートナーのあさひちゃんと3人、祝杯を上げた。

 この家にはもう一人、小さな家族がいる。孫の理倶(りく)だ。実は息子の誕生祝いは理倶を寝かしつけた後の、遅いディナーだったのだが、翌朝は目覚めるなり、こんどは理倶が主役となった。息子の34歳の誕生日の翌日は、理倶の1歳の誕生日だからだ。私にとって、今年の10月15日と16日は、息子と孫の誕生を連続で祝う、飛び切り幸せな2日間だった。

 息子を産んだ1991(平成3)年の頃、私はまだ普通の主婦だったので、大崎事件の存在は知らなかった。

 とはいえ、人生を賭けて闘っている事件の発覚日と息子の誕生日が同じ日というのは、やはり複雑な心境にならざるを得ない。

 再審法改正を実現させ、アヤ子さんの存命中に大崎事件の再審無罪を勝ち取れば、もっと一点の曇りもない気持ちで、息子と、それに続く孫の誕生日を過ごせるようになるだろうか。

 心の中の「弁護士」の部分と「母親」の部分が交錯する10月である。

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