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「文化時報」コラム

〈95〉四国への旅

2025年12月27日

※文化時報2025年11月14日号の掲載記事です。

 再審法改正をめぐる法制審議会刑事法(再審関係)部会での議論の状況を伝える記事が3日連続で新聞の1面に掲載された。10月30日は朝日新聞、10月31日は東京新聞、11月1日は産経新聞である。

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 いずれの記事も、再審における証拠開示について、法務省から示された二つの案のうち、裁判官、検察官、研究者など多数の委員が開示の範囲を限定的に認める案に賛同する一方、私を含む日弁連委員や外部の有識者から「これでは現状より後退する」との懸念が表明されたと報じている。

 冤罪(えんざい)被害者を迅速に救済するための改正を望むわれわれ日弁連側の委員と、刑事訴訟全体のバランスや理論的整合性ばかりを重視する他の委員との対立構造が顕著で、議論を重ねても溝が深まるばかりである。

 そのような議場に月に2回も身を置く日々にほとほと疲弊した私は、11月初頭の3連休に思い切って仕事から離れ、四国をほぼ1周するドライブ旅行に出かけた。

 明石海峡大橋と大鳴門橋を渡って徳島に入り、徳島自動車道から高知自動車道に入り、高知市から四万十川を経由して愛媛県の宇和島へ。そして松山自動車道を北上して松山・道後温泉から東に折れ、松山道から高松自動車道に入り、丸亀、高松を経て再び大鳴門橋、明石海峡大橋を渡って本州に戻るという壮大なルートである。

 高知城、宇和島城、松山城、丸亀城という「現存12天守」(江戸時代以前に築造され、現在まで残っている12の城の天守)のうち、四国にある4城の全てにあいさつした。とりわけ印象深かったのは、「幕末の四賢侯」と呼ばれた八代藩主・伊達宗城の治世に、高野長英、大村益次郎、シーボルトの娘・楠本イネなど、様々な偉人たちが往来した宇和島だ。交通機関が整備されていない江戸時代に、四国の南西に位置する小藩が、全国どころか海外とも交流を深めていたことに驚く。

 仕事を忘れるための旅だったが、終盤に訪れたのは、やはり再審に関わる場所だった。香川県三豊市財田町。1980年代に相次いで再審無罪となった「死刑四再審」の一つ、財田川事件の地元である。

 被告人を犯人と断定するには多くの不可解な点があり、再審請求を棄却した裁判長でさえ、「財田川よ、心あらば真実を教えてほしい」と書いたのが「財田川事件」と呼ばれた所以(ゆえん)である。その後、最高裁が「疑わしいときは被告人の利益に」の鉄則に従って審理を地裁に差し戻し、事件から34年後、元被告人の谷口繁義さんはようやく死刑台から生還した。

 四国の旅と言えば、八十八ヶ所の巡礼が頭に浮かぶ。財田川の流れに、再審法改正の実現を誓いながら、私にとってはこの場所こそが「聖地巡礼」なのかもしれない、と思った。

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