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インタビュー

橋渡しインタビュー

心が動く音楽療法 精神科医・馬場存さん

2026年3月30日

 精神障害や認知症の症状を回復させ、生活の質(QOL)の向上を図ることを目的に行われる「音楽療法」。精神科医で音楽療法士、ピアニストの馬場存さん(63)は、高校時代から独学でピアノを学び、医学部在学中に作曲の仕事も始めた。長年の臨床経験と音楽を重ね合わせ、患者の今に寄り添っている。(飯塚まりな)

プログラムは患者からのリクエスト

 1月下旬、南飯能病院(埼玉県飯能市)の精神科病棟に、ピアノの音が流れた。

 演奏する曲は全て患者からのリクエスト。いしだあゆみの『ブルー・ライト・ヨコハマ』や中島美嘉の『GLAMOROUS SKY』など、昭和から平成の名曲で構成された約2時間のプログラムだ。

ピアニストの一面を持つ馬場存さん
ピアニストの一面を持つ馬場存さん

 演奏を聴く高齢者の表情は一見すると乏しいが、つぶさに観察すると心に響いていることが分かる。最前列に座った患者の数人は足を揺らし、小刻みに床を踏んでリズムを取る。後方では人差し指で軽くテーブルをたたく男性が、懐かしいメロディーに笑みを浮かべた。

 一方で、フロアを歩き回る人や、知らない曲に対して「うるさい」と声を上げる女性もいる。馬場さんは一度も手を止めずに黙々と14曲を弾き切った。

医師と音楽家の二刀流

 馬場さんは福島県いわき市出身。子どもの頃からギターになじみ、高校生でピアノを始めた。成長するに伴う悩みや葛藤は、音楽によって和らいだ。

 高校卒業後は東京大学工学部に進学。音楽家への憧れもあったが、一方で精神分析に興味を持ち、慶應義塾大学医学部に再入学。精神科医の道へ進んだ。

 現在は駿河台大学で教授として、精神医学や音楽療法の講義を担当。外来や訪問診療、産業医の業務も担う。さらに音楽業界の仕事もあり、コンサートやアルバム制作など多忙な日々を送っている。

 病院での音楽療法は毎週行われており、馬場さんは患者からのリクエスト曲を1週間かけて練習。毎回譜面を用意し、時には曲を耳で聴き取り、譜面に起こすなど手間をかけている。前日は近隣のホテルに泊まり、さらに病院で練習し、本番に挑む―という徹底した姿勢で向き合っている。

 (画像2:著書『音楽に癒され、音楽で癒す』(左)と、手書きで書き起こした譜面)
著書『音楽に癒され、音楽で癒す』(左)と、手書きで書き起こした譜面

 なぜ、そこまでして患者のリクエストに応えるのか。

 33年前、精神科医になってからは一人前の医師を目指し、「医療の現場に音楽は持ち込まない」と、音楽療法に目を向けてこなかった。

 6年目には精神保健指定医の資格を取り、医学博士も取得。各診療科に連なる細かな専門分野を指す「サブスペシャルティ」として、音楽療法を学び始めた。

 人は原始時代から自分の気持ちを伝えるために歌を用いていたとされる。言葉に限らず、音楽もまた人類にとって同じくらい必要なものだ―という考えがあった。

 学び始めた当時は今ほど音楽療法が盛んではなかったが、患者と向き合う中で「今ここに音楽があれば、もっと症状が良くなるのでは」と感じることがあったという。

 「音楽は、人間の生存に必要な脳の神経回路である『報酬系』に作用するという研究報告もある。根源的な部分に関わるものだと思います」

 ある病院では患者たちが、馬場さんのチームが行う音楽療法以外の時間も集まり、合唱を始めるようになった。

 さらに慰問活動に出かけて、人前で堂々と歌うようにもなった。そのように劇的に変化する患者たちの姿を見ると、音楽の力を実感せずにはいられなかった。

患者のためだけを考えて弾く

 患者にとって音楽療法への参加は義務ではないが、閉鎖病棟では、病状によってはかなり自由が制限されることもある。

 音楽療法中に「うるさい」と口にした女性は、閉じこもっていた内面を少しずつ外に見せるようになったという。「本当は知らない曲でも穏やかに聞いてもらえるように、もっと私が精進しなくては」と、馬場さんは笑顔を見せた。

 たとえ、なじみのない曲が流れても、心地よく快適に過ごせれば、治療効果が上がる―。そうした信念がある。

画像3:「今は新しいアルバムを制作している」と語る馬場さん
「今は新しいアルバムを制作している」と語る馬場さん

 音楽療法士としてピアノを弾く際は、自身の表現にはこだわらず、「患者のためになる音楽」のことだけを考える必要がある。

 上手か下手かよりも、弾く人の気持ちが届くことで、聞いた人の心を動かせるという。

 注意すべき点は、演奏中に自分の思い入れが強くなりすぎてしまうことだ。患者の変化を感じ取る感覚が鈍るため、その時点で失敗だと捉えている。

 もちろん質を高めるには、音楽技術が必須。「いい音を届けるために私自身が最大の努力をしないと、患者さんたちに失礼だと思っています」と、馬場さんは語る。

ストレス社会で生きていくために

 現代は、ストレスを抱えずに生きることが難しい。昔と比べて、気軽に精神科を訪れる人が増え、ためらわずに受診できる時代になった。

 一方で精神科医も自分の心を保つため、「自分に戻れる時間」をつくることが大切だと馬場さんは考えている。自身は毎日最低2時間ピアノを練習し、その日の気分や体調も振り返っている。

 音楽療法はまだまだ一般的ではない。だが、いずれは日常の中で必要と感じたときに、誰もが気軽に受けられるものになってほしい。

画像4:馬場さんがリリースした「精神科医・音楽療法士が奏でる おだやかな眠りをいざなうピアノ・サプリ」(2019年)(キングレコード KICS-3801)
馬場さんがリリースした「精神科医・音楽療法士が奏でる おだやかな眠りをいざなうピアノ・サプリ」(2019年)(キングレコード KICS-3801)

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