2025年2月21日
※文化時報2024年11月29日号の掲載記事です。
昭和、平成、令和の3時代を詩人として生きた谷川俊太郎さんが亡くなった。教科書に掲載され、誰もが子どものときに朗読した「朝のリレー」、反戦歌として知られる「死んだ男の残したものは」など、汲(く)めども尽きぬ泉のごとく湧き出る言葉を自在に操り、織りなした詩の数々は、多くの人の心に、燦然(さんぜん)と輝きながら収められているだろう。
そんな谷川さんが、「冤罪(えんざい)」をテーマにした詩を作っていることをご存じだろうか。2018(平成30)年に公開されたドキュメンタリー映画『獄友』のエンディングテーマとなった、小室等さん作曲の「真実・事実・現実 あることないこと」の作詞を、谷川さんが手がけたのである。
『獄友』は、本連載コラムの第27回「不運だけど不幸じゃない」(2022年10月14日号)で紹介した『オレの記念日』と同じ金聖雄監督の作品である。千葉刑務所に、ともに殺人犯として収監されていた冤罪被害者=『獄友』たち(袴田事件の袴田巖さん、狭山事件の石川一雄さん、布川事件の桜井昌司さんと杉山卓男さん、足利事件の菅家利和さん)の出所後の日常が淡々と描かれているドキュメンタリーだが、その背景に、無実の5人が服役した期間の合計が155年にも及ぶという圧倒的な理不尽があると気付いたとき、谷川さんの詩が胸に突き刺さる。
《ほんとをうそにするのはコトバ
うそをほんとにするのもコトバ》
《一つしかない『真実』
言葉で二つの「事実」に分裂
ほんとの事実と代わりの事実
二つの事実が言葉のおかげで〈現実〉》
身に覚えのない犯罪を、来る日も来る日も取調室で「お前がやっただろう」と責め立てられ、思わず「やりました」と言ってしまった5人の心に、谷川さんはこうした言葉を紡いで、そっと寄り添っている。
詩の中には「うそがほんとのかめんをかぶり うそのすがおはやみのなか」という一節もある。そんな状態は、実は冤罪だけではない。終わらない国際紛争、自国第一主義の国家のリーダーたち、そして日本の選挙報道―。
谷川さんを静かに悼む代わりに、いま、彼の紡いだ言葉を、世界に向かって叫びたい気持ちでいる。
【用語解説】大崎事件
1979(昭和54)年10 月、鹿児島県大崎町で男性の遺体が自宅横の牛小屋で見つかり、義姉の原口アヤ子さん(当時52)と元夫ら3人が逮捕・起訴された。原口さん以外の3人には知的障害があり、起訴内容を認めて懲役1~8年の判決が確定。原口さんは一貫して無実を訴えたが、81年に懲役10年が確定し、服役した。出所後の95年に再審請求し、第1次請求・第3次請求で計3回、再審開始が認められたものの、検察側が不服を申し立て、福岡高裁宮崎支部(第1次)と最高裁(第3次)で取り消された。2020年3月に第4次再審請求を行い、鹿児島地裁は22年6月に請求を棄却。福岡高裁宮崎支部も23年6月5日、再審を認めない決定を出した。