2025年7月31日
※文化時報2025年5月23日号の掲載記事です。
読者の皆さんは「中延(なかのぶ)」という地名をご存じだろうか。東京都品川区にあるのだが、首都圏に在住していても知らない人が多いと思われる。かく言う私も、約四半世紀にわたり首都圏に在住していたが、この地名を聞いたことがなかった。

実は交通の便はとてもよく、東急大井町線と都営浅草線の「中延駅」、東急池上線の「荏原中延駅」の3駅が利用でき、新幹線の止まる品川駅、そして羽田空港へのアクセスもよい。
中延駅と荏原中延駅の間には昔ながらのアーケード街がにぎわいを見せている。そこだけ昭和にタイムスリップしたかのような街並みは、初めて訪れた者にとっても、懐かしく温かい。
この商店街の一角で、ひときわユニークな存在となっているのが「隣町珈琲(カフェ)」という店名のカフェである。地下1階に続く階段を下り、扉を開けると、想像を超える広々とした空間が広がっている。ぎっしり本の詰まった書棚が壁を覆い、一角にはグランドピアノも鎮座している。
カフェではこの広い空間を活用して、トークショー、セミナー、ワークショップといったさまざまなイベントを主催し、また、レンタルスペースとして会場を貸し出し、音楽ライブや絵画展が開催されることもある。まさに「珈琲(コーヒー)と文化が香る秘密基地」である。
この「隣町珈琲」で5月12日、「再審法改正をめざす市民の会」の共同代表を務める映画監督の周防正行さんが、成城大学法学部教授で刑事法研究者の指宿信さんと共に「映画『それでもボクはやってない』から再審法改正まで」と題する対談形式のトークイベントを行った。
さしもの「隣町珈琲」でも、刑事司法をテーマとしたイベントは初めてだったという。どのぐらいの客が集まるか、お店にも読めなかったそうだが、会場はほぼ満席の80人、同時配信のオンラインでも100人以上が参加する大盛会となった。
周防監督は『それでもボクはやってない』を世に問うた経緯、法制審議会「新時代の刑事司法制度特別部会」の有識者委員として、法務省寄りの委員たちの中で奮闘したこと、その経験から、再審法改正は市民運動でなければ実現できないと痛感して「再審法改正をめざす市民の会」の共同代表となったことなどを、時に熱く、時に軽妙に語った。
途中途中で専門的な話をかみ砕いて解説する指宿教授が割って入り、掛け合い漫才のような展開に、参加者は楽しみながらも次第に日本の刑事司法の深刻な現状を身に染みて感じたようだった。
質疑応答の際に手を挙げた若い女性は「軽い気持ちで来てみたら、重すぎる話だった。日本の刑事裁判がこんな状態だと知って、正直に言うと動揺している。今夜眠れるために、私は何をしたらいいのか」と質問した。周防監督は「知った以上、絶望的な状況でも、声を上げ続けることしかない」と応じていた。
かくして、「新たな仲間たち」が確実に増えた、「隣町珈琲」の一夜だった。
【用語解説】大崎事件
1979(昭和54)年10月、鹿児島県大崎町で男性の遺体が自宅横の牛小屋で見つかり、義姉の原口アヤ子さん(当時52)と元夫ら3人が逮捕・起訴された。原口さん以外の3人には知的障害があり、起訴内容を認めて懲役1~8年の判決が確定。原口さんは一貫して無実を訴えたが、81年に懲役10年が確定し、服役した。出所後の95年に再審請求し、第1次請求・第3次請求で計3回、再審開始が認められたものの、検察側が不服を申し立て、福岡高裁宮崎支部(第1次)と最高裁(第3次)で取り消された。2020年3月に第4次再審請求を行い、鹿児島地裁、福岡高裁宮崎支部に続いて最高裁が25年2月、請求を棄却した。