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「文化時報」コラム

〈69〉春嶽の像の前で

2024年10月29日

※文化時報2024年8月30日号の掲載記事です。

 袴田事件=用語解説=の再審公判の判決日まで、あと1カ月となった。無罪判決が出されることは間違いないが、事件から58年という気の遠くなるような年月を要した。無実の人を冤罪から救い出すための再審制度の不備が、これほど残酷な形で露呈した今こそ、ただちに再審法改正を実現させなければならない。法務省がいまだ消極的な態度を崩さない現状を打破するためには、さらに多くの市民にこの問題を伝え、国民世論を高揚させる必要がある。

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 その思いを胸に、8月18日に京都、翌19日には福井で、当地の弁護士会主催による再審法改正シンポジウムに2日連続で登壇した。

 地元京都のシンポでは、冤罪や再審の問題を精力的に報じてきた北海道新聞、静岡新聞、京都新聞、西日本新聞の4人の記者たちをお招きしてのパネルディスカッションという、これまでにない企画が好評を博した。ジャーナリストとして冤罪の理不尽と法改正の必要性を報じ続ける彼らは「変えるまで息長く(報道を)続ける」と覚悟を口にした。コーディネーターを務めていた私も胸が熱くなった。

 翌日の福井でのシンポには、地元選出の衆議院議員で、再審法改正を目指す超党派の国会議員連盟の主力メンバーとなっている稲田朋美・自民党幹事長代理がトークセッションに登場した。これまでに各地の弁護士会で「再審法改正全国キャラバン」と銘打って、50を超えるイベントが開催されたが、現職の国会議員が登壇したのは初めてである。

 稲田議員は、再審法改正議連に加入した理由を問われ、冤罪被害者の苦しみを自分のこととして考えたら、とても放置できないとした上で、政治主導で立法を実現するために、弁護士会と政治家の協働が必要であることなど、具体的な方策を、歯に衣着せぬ言葉で会場の参加者にアピールした。

 何よりうれしかったのは、稲田議員が私への連帯の意を込めて、「生まれて初めて」というベレー帽をかぶって登壇してくれたことだ。政治信条やイデオロギーが異なっても、再審法改正に向けた闘いでは、立場を超えて「同志」になれることを実感した。

 福井シンポの翌日、福井市内を散策すると、福井藩の藩主で「幕末四賢候」の一人と称された松平春嶽の足跡をたたえる銅像や展示がそこかしこにあった。

 攘夷から開国派に転じ、幕藩政治の改革を説き、橋本佐内や横井小楠など、身分や家柄を問わず優秀な人材を藩内外から登用した春嶽は、第11代将軍・徳川家斉の弟で田安徳川家当主・徳川斉匡の八男、つまり「徳川将軍家の身内」である。

 養子に入った福井藩松平家も親藩大名だったが、その藩主となった春嶽は、島津斉彬(薩摩藩)、伊達宗城(宇和島藩)、山内容堂(土佐藩)などの有力な外様大名と手を携えて改革を推進しようとした。

 春嶽の像の前で、超党派の国会議員による再審法改正という夢の実現が見えた気がした。

【用語解説】袴田事件

 1966(昭和41)年に静岡県で起きた一家4人殺害事件。強盗殺人罪などで起訴された袴田巖さんは公判で無罪を訴えたが、80年に最高裁で死刑が確定した。裁判のやり直しを求める再審請求を受け、2014(平成26)年3月に静岡地裁が再審開始を決定。袴田さんは釈放された。
 検察側の即時抗告によって東京高裁が決定を取り消したものの、最高裁が差し戻し。東京高裁は23(令和5)年3月、捜査機関が証拠を捏造(ねつぞう)した可能性が「極めて高い」として、改めて再審開始決定を出し、検察側は特別抗告を断念した。同年10月から静岡地裁で再審公判が始まった。9月26日に判決が言い渡される。

【用語解説】大崎事件

 1979(昭和54)年10 月、鹿児島県大崎町で男性の遺体が自宅横の牛小屋で見つかり、義姉の原口アヤ子さん(当時52)と元夫ら3人が逮捕・起訴された。原口さん以外の3人には知的障害があり、起訴内容を認めて懲役1~8年の判決が確定。原口さんは一貫して無実を訴えたが、81年に懲役10年が確定し、服役した。出所後の95年に再審請求し、第1次請求・第3次請求で計3回、再審開始が認められたものの、検察側が不服を申し立て、福岡高裁宮崎支部(第1次)と最高裁(第3次)で取り消された。2020年3月に第4次再審請求を行い、鹿児島地裁は22年6月に請求を棄却。福岡高裁宮崎支部も23年6月5日、再審を認めない決定を出した。

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