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「文化時報」コラム

⑦「鬼子母神たち」の孤独(下)

2022年10月18日

※文化時報2021年11月4日の掲載記事です。

 ダウン症で重度の障害のある6歳の息子の行く末に絶望し、発作的にわが子の首を絞めて殺害してしまったA子さんが逮捕された直後、彼女の夫が、当時私の所属していた法律事務所を訪れ、妻の弁護を依頼した。夫は、仕事が忙しくて育児はA子さんに任せきりだったこと、自分の母は障害に理解がなく、「こんな子を産んで」などと心ない言葉を嫁にぶつけていたことを告白し、「私が息子を殺したようなものです」と号泣した。A子さんは家族の誰にも頼ることができず、独り苦しんでいたのだ。

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 A子さんと同じく障害児の子育てに悩み、苦労している親たちは、いかにA子さんがわが子を慈しみ育てていたかを口々に語った。「私も何度、この子を殺して自分も死のうと思ったか分かりません」と、自らの経験を絡めた文章を添えた減刑嘆願の署名は500筆以上集まった。地域の福祉関係者たちも証言台に立ち、A子さんの立ち直りを地域で見守ることを誓約した。殺人事件としては異例の執行猶予の付いた判決となり、検察官も控訴せず確定した。 

 一方、出会い系サイトで知り合った男性の子を出産し、生後2カ月のとき頭から床に落として重篤な傷害を負わせたB子さんは、幼少期に母親からの虐待を受けていた。 

 シングルマザーのB子さんを心配して自宅を訪れた地域の保健師を追い返し、B子さんを孤立させたのもこの母親だった。帝王切開だったため入院中はわが子と触れ合えず、退院後にいきなり自宅で赤子と二人きりになったB子さんが、どうやっても泣き止まない嬰児(えいじ)を抱えて途方に暮れたことは容易に想像できる。B子さんは「愛着障害」と「産後うつ」状態に陥っていたのだ。 

 この件では保健所と児童相談所が、今後B子さんを支援する旨の上申書を裁判所に提出してくれた。B子さんは実刑となり服役したが、出所後、施設で暮らすわが子と面会できたという。 

 お釈迦様は、自分の子を育てるために人間の子を捕食していた鬼子母神を、諭し改心させた。わが子を手にかけた母親は、鬼でも悪魔でもない。現代の「鬼子母神たち」は、孤独の淵で、救いの手を待ち望んでいる。

【用語解説】大崎事件

 1979(昭和54)年10月、鹿児島県大崎町で男性の遺体が自宅横の牛小屋で見つかり、義姉の原口アヤ子さん(当時52)と元夫ら3人が逮捕・起訴された。原口さん以外の3人には知的障害があり、起訴内容を認めて懲役1~8年の判決が確定。原口さんは一貫して無実を訴えたが、81年に懲役10年が確定し、服役した。出所後の95年に再審請求し、第1次請求・第3次請求で計3回、再審開始が認められたものの、検察側が不服を申し立て、福岡高裁宮崎支部(第1次)と最高裁(第3次)で取り消された。2020年3月に第4次再審請求を行い、鹿児島地裁は22年6月に請求を棄却。弁護団は即時抗告し、審理は福岡高裁宮崎支部に移った。

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