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インタビュー

橋渡しインタビュー

色彩が人をつなぐ、アートの世界 小池勇太さん

2025年9月27日

 重度知的障害がある埼玉県所沢市の小池勇太さん(39)は、アクリル絵の具を使った色鮮やかな絵画や粘土の置物、フェルトの小物を制作し、日々アート活動に専念している。今年6月には所沢市役所の市民ギャラリーで個展を開催。母親の直子さん(60)は息子の創作活動を後押しし、11月には沖縄での個展も予定する。勇太さんは普段どんな様子で作品づくりに取り組んでいるのか―。(飯塚まりな)

 「こんにちは」「お花を描きました」

 取材当日、自宅を訪れると、勇太さんが1枚のはがきを手渡ししてくれた。クレマチスの花が描かれ、裏には「しょちゅうみまいもうしあげます」と、筆者の名前を含めてひらがなで書かれていた。

 お礼を伝えると、次に「似顔絵もあげます」と、今度は筆者の顔を描いてくれた。それを見た直子さんが「これが勇太なりのコミュニケーションなんです」とほほ笑んだ。

 

小池勇太さんと母の直子さん
小池勇太さんと母の直子さん

 

アートとパン作りが日々の暮らし

 勇太さんは平日、埼玉県入間市の就労継続支援B型事業所=用語解説=に通っており、パン作りや箱折りの内職などをしている。

 「昨日はどんな仕事をしたの?」と母が尋ねると、「砂糖を量った」から始まり、パンを焼く鉄板に油をひく作業、店内の準備や片付けの詳細を話してくれた。言葉の内容を理解できれば、すぐに答えを返してくれる。

 中学卒業後から23年間、同じ事業所に電車と送迎バスを使って、自力で通所してきた。

 帰宅後はソファに座って手芸に取り組み、夕食とお風呂の後には絵を描く。作品づくりに没頭することが、生活の一部になっているという。

 

アジサイを描く
アジサイを描く

 

 勇太さんが絵を熱心に描くようになったのは中学3年の頃。担任の先生が「毎日、身の回りにある物を描いてみよう」と促してくれたのがきっかけだった。興味のあるものを一つずつ描くようになり、その習慣が現在まで続いている。

 花や動物、お店で見た置物、沖縄旅行で見た魚たち。目に映る全てのものが、勇太さんにとって作品のモチーフになる。どれもかわいらしく、力強い線とポップな色づかいが特長だ。

 携帯電話で撮影し、後日それを見ながら絵や粘土、フェルト作品を器用に作り上げていく。針に糸を通し、滑らかに手を動かし、器用に縫う姿には驚かされるものがある。

 「私が教えたわけではなくて、学童で教わってきたのだと思う」と直子さんは笑った。

 

粘土や野菜のフェルト作品
粘土や野菜のフェルト作品

 直子さんは長年スイミングスクールのインストラクターを続けており、勇太さんも幼い頃、職場のプールで母から泳ぎを教わった。そのおかげで、不格好だがクロールと背泳ぎを習得。今ではよく沖縄旅行を計画しては、親子でシュノーケリングを楽しんでいる。

 

幼少期の葛藤と今

 勇太さんは1986年5月生まれ。3歳児検診で知的障害と診断された。なかなか言葉が出ず、当時は偏食で白いご飯とふりかけだけを食べていたという。

 21歳のときに出産した直子さんは「私もまだ若くて、大人になりきれず、感情的に怒ることも多かった」と振り返る。同世代の障害を持つ子どもと比べては、焦りを感じる日々もあったという。

 努力したからといって、障害がなくなることはない。「息子も頑張れば、他の子と同じようになれるかもしれない―と願ったこともあったけれど、成長とともに現実を受け入れました。この子には、この子の良さがあるから」と、勇太さんの個性や才能を信じるようになった。

 

6月の個展は大盛況だった=埼玉県所沢市役所
6月の個展は大盛況だった=埼玉県所沢市役所

 

 今年6月、所沢市役所の市民ギャラリーで勇太さんの個展が開催された。これまでに描いてきた絵や粘土作品、フェルト作品が展示され、遠方からも多くの来場者があった。

 昔からの知人や母校の教員など、親子にとって懐かしい再会もあったが、直子さんにとっては初日に偶然ギャラリーを訪れた90代の女性が印象的だった。

 女性は少し認知症の症状が見られたが、うれしそうな表情をして、めいの女性と2人でじっくり絵を鑑賞した。すると、会場の雰囲気に浸り「ここにずっといたい」と声に出したという。作品を通して心が通じ合ったことに、直子さんは感動した。

 

直子さんのお気に入りの作品
直子さんのお気に入りの作品

 

 また、勇太さんが自ら知り合ったという「近所の人」も訪れた。

 「息子が普段、道ですれ違う人に『こんにちは』とあいさつをしたり、近所の家に自作の絵はがきを届けたりしていたんです。私の知らないところで、いつの間にか知り合いが増えていました」と、直子さん。個展を開くと、勇太さんは出会う人に積極的に〝宣伝〟していたのだった。

 素直な感性で描かれた作品が、来場者たちの心を癒やす。「やさしい気持ちになる」「この絵を飾りたい」という感想も多かった。直子さんは「この子がいなければ、出会わなかった人が大勢います。私自身も息子のおかげで、素敵なご縁に恵まれました」と語った。

 

これからも親子で

 穏やかでマイペースな勇太さんだが、てんかんの症状がある。過度なストレスや腹が立つことがあると、突然パニックを起こす。自宅で発作が起きる際には、直子さんが1人で体を支えてきた。

 「できるだけ傷つかずに、穏やかに過ごしてほしい」と、母は一人っ子の息子を見守る。

 

勇太さんの大好きな沖縄の海(直子さん撮影)
勇太さんの大好きな沖縄の海(直子さん撮影)

 

 勇太さんには施設への入所やグループホームへの入居などの選択肢もあるが、直子さんは「私が元気な間は、一緒に暮らしたい」と話している。

 日々の暮らしの中で、自分らしさを表現し、アートを通して人とのつながりをつくる勇太さん。これからも母親と二人三脚で、豊かな人生を歩んでいく。

 

【用語解説】就労継続支援B型事業所

一般企業で働くことが難しい障害者が、軽作業などを通じた就労の機会や訓練を受けられる福祉事業所。障害者総合支援法に基づいている。工賃が支払われるが、雇用契約を結ばないため、最低賃金は適用されない。

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