2025年12月19日 | 2025年12月20日更新
※文化時報2025年10月28日号の掲載記事です。
三重県桑名市、いなべ市、木曽岬町の社会福祉士らが参加する県社会福祉士会桑員支部(片岡直也支部長)は9日、定例のオンライン交流会に浄土真宗本願寺派善西寺(桑名市)の矢田俊量住職を招き、講演会を行った。お寺で形成されるコンパッション・コミュニティー(CC)=用語解説=がテーマで、矢田住職は主にお寺と教会の親なきあと相談室桑名市善西寺支部としての活動について語った。(大橋学修)
矢田住職は、名古屋大学大学院理学研究科修了の理学博士として、生命科学を研究。縁あって仏門に入り、グリーフ(悲嘆)サポートを中心に、子育て支援や認知症カフェなど23種類の活動を展開している。
講演で矢田住職は、通常の人間関係の中では死について語られることがなく、死別や死に向かう人の苦を受け止められる機会がないと指摘。一方で仏教では、死を「避けることのできないありのままの姿」として捉えていると説明した。
また、お寺は神仏や過去に亡くなった人々と、現在を生きる自分たちがつながる場であると強調。「お寺は慈悲を中核に置いて、人々に寄り添う姿を取り戻すべきだ」と力を込めた。
さらに、博物学者の南方熊楠(1867~1941)がつくった「全ての人々の出会いの場」を意味する造語「萃点(すいてん)」を取り上げ、善西寺の取り組みは「悲」を萃点にした結果、活動が多岐にわたるようになったと伝えた。
その上で、お寺と教会の親なきあと相談室の支部を開いた経緯に言及。障害のある人が家族にいる門徒にどう接すればいいか分からなかったが、親なきあと相談室の活動を通して関わりを持てるようになったと明かした。
また、全国のお寺が親なきあと相談室の支部を設け、分かち合いと伴走型支援のできる居場所「親あるあいだの語らいカフェ」を開いていることについて、「これ自体がコンパッション・コミュニティー。『悲』でつながる場づくりの一つだと思う」と話した。
矢田住職の取り組みは地域の福祉関係者から注目を集めており、三重県社会福祉会桑員支部が講演会に招くのは今回で2回目。参加者からは「既存の地域資源を使うことが大切だとは思っていたが、お寺は思いつかなかった。行政に提言したい」との声が上がった。
また、仏教的ケアへの期待も寄せられ、「寂しく暮らしていると思っていた祖母は、仏様がそばにいると感じ、苦しみや悲しみから救われていたのだと知った」と感想を語る人もいた。
ただ、講演で示された「苦を苦として受け止める共感性」や「『悲』でつながる共同体」という考え方が、福祉職には難解だったようだ。「どこまで理解できたのか、自分でも怪しい」と話す人もいた。
福祉職にとっては、教えに基づいて地域社会に積極的に関わろうとするお寺が少ないと感じられる一方、多くの住職がお寺を開く必要があると考えていることは認識されている。
別の参加者は「菩提(ぼだい)寺の住職が、最近になってお寺を開く必要性を話すようになった。矢田住職と同じことを思っておられるのだと思い、安心した」と漏らした。
片岡支部長は「矢田住職の活動は、同じ範疇(はんちゅう)で語れない卓越したもので、誰にでもできるとは言い難い。その中のいくつかの事業を、お寺の機能として標準的に装備するのがいいのではないか」と提言。「お寺には、地域での歴史的な浸透力という強みがある。小さくても取り組みを継続していける」と話した。
【用語解説】コンパッション・コミュニティー(CC)
思いやりや慈悲と訳される「コンパッション」に根差した地域社会における緩和ケアのモデル。医療中心ではなく、老、病、死や喪失を抱える市民同士が当事者として共感し、支え合う。米バーモント大学臨床教授のアラン・ケレハー氏が提唱した。