2026年1月3日
※文化時報2025年11月11日号の掲載記事です。
京都・西陣の住宅街に、不思議と人の集まる〝居場所〟がある。軽乗用車がやっと通れるぐらいの細い路地に面していて、開いているのは2カ月に1回。それでも当日は続々と来客があり、入れないときは外で順番を待つ。「どんな人でも来たい人が来て、ただ座っているだけでもいい、おしゃべりして愚痴を言ってもいい、と思ってもらえれば」。気負わない姿勢が、また人を呼ぶ。(主筆 小野木康雄)
京都・西陣の住宅街に、不思議と人の集まる〝居場所〟がある。軽乗用車がやっと通れるぐらいの細い路地に面していて、開いているのは2カ月に1回。それでも当日は続々と来客があり、入れないときは外で順番を待つ。「どんな人でも来たい人が来て、ただ座っているだけでもいい、おしゃべりして愚痴を言ってもいい、と思ってもらえれば」。気負わない姿勢が、また人を呼ぶ。(主筆 小野木康雄)
京都市上京区の訪問介護事業所「いちじょう」が開いている「ゆかりカフェ」。倉庫を改装した事務所1階の研修室が会場だ。広さはワンルームマンションの1室ほどで、一つのテーブルを参加者全員が囲む。100円で飲み物を2杯飲めて、好きなだけ話をする。
今年2月から偶数月の第2火曜に開催している。オープンは午前10時半~午後5時。午後は入れ代わり立ち代わり人がやってきて、満席のときはガレージに置かれたベンチに腰掛けて空くまで待つ。その間も、よもやま話に花が咲く。1日の参加者は20人ほどに上るという。
10月14日、1歳の娘を抱えて訪れた女性は、高校時代から演奏していたというフルートを持参し、昭和のポップスや歌謡曲を披露。居合わせた人々を楽しませた。女性は「6月からずっと来たかった。やっと来られてよかった」と話した。

ゆかりカフェを運営しているのは、いちじょうの管理者で看護師・介護福祉士の北川美江さん(49)。「『困っている人、どうぞ』と言うと、本当に困っている人が来られない」と考え、年齢や障害の有無、支援者や家族といった立場などの違いを超えて、来たい人が来られる場づくりを目指している。
いちじょうの運営方針の一つに、「大切な人を大切にし続けることができる」という言葉がある。介護や看病、ケアに疲れて大切な人を虐待してしまうような、悲しい出来事を起こしたくない。そうした思いが原動力になっている。
北川さん自身が、人に支えられて生きてきた。
ヘルパーとして働いていた23歳のとき、当時54歳だった父親をがんで亡くした。職人気質だった人が入院先で終末期ケアを受け、最期まで本人らしく生き抜いた姿を見て自分も同じケアに携わりたいと思った。
看護学校に入学して看護師資格を取り、30歳で父親を看取(みと)った病院に就職。当時の主治医とも再会した。それから看護師としてのキャリアを積んでいったが、再び訪問介護の現場に戻りたいと、2019年10月に事業所を立ち上げた。

きっかけの一つは、未婚で子どもを産んだこと。出産5日後に自分で出生届を出しにいったとき、役所の窓口で心ないことを言われた。ばかにされたようで許せなく感じ、二度と役所に頼るものかと、机をたたいて席を立った。
それからが大変だった。預貯金が底を尽き、残金が100円程度しかない日もあった。あしたのご飯をどうしようと途方に暮れたとき、周りにいた大勢の人たちが助けてくれた。
「つながりが大事だと痛感した。だからこそ、余裕を持てるようになったら、ご恩返しがしたかった」
訪問介護のことを多くの人に知ってもらい、介護職の底上げすることに心を砕いてきた。
そして、社会貢献の一環として、カフェ活動を始められるところまでこぎ着けた。
さまざまな悩みや困り事を気軽に話し合えるゆかりカフェ。情報発信には会員制交流サイト(SNS)とチラシを使い、趣旨に賛同してくれる人や気がかりな人に直接手渡す。無理に誘うことはしない。
一方でいったんテーブルを囲むと、北川さんが気さくに話しかけて打ち解けやすい雰囲気をつくり、参加者同士をさりげなくつなげる。普段から北川さんと親交がある真言宗泉涌寺派城興寺(京都市南区)の上原慎勢住職は「いろいろな人と話せて、つながりができる。こういう会はとてもいい」と語る。
近くの社会福祉法人で働く〝常連客〟の倉橋基(もとい)さんは「地域と共にある事業所として、住民との交流はとても大事。事業所を開放している例はあまりないと思うが、困ったときにすぐ相談できるのが魅力ではないか」と話す。

北川さんは、近隣の住宅を一軒一軒回って事業所の広報紙を配り歩くなど、地道な努力を重ねて地域に溶け込んできた。来年はゆかりカフェを午後8時ごろまで延長し、お酒を出すことも検討する。
「『助けて』と言えない人に届けたい。そのために、ゆかりカフェの活動を広げたい」。北川さんは、そう力を込めた。