2026年1月4日
※文化時報2025年11月7日号の掲載記事です。
釈尊が悟りを開いたインド・ブッダガヤに、経済的に困窮する子どもたちが通う学校がある。運営するのは、インド政府公認ヨガインストラクターで社会起業家の栃久保奈々さん(42)らが設立した非政府組織(NGO)「ロータス・チャリタブル・トラスト」。ヒンズー教に基づいて、厳然と残る身分制度「カースト」の壁を破ろうとする姿は、日本国内の社会課題に取り組む女性たちにも影響を与えている。(大橋学修)
インドでは、1950年にカーストによる差別が禁止されたが、現在も結婚や職業選択などで差別が残る。学校でも一緒に学べない実情がある上に、被差別民の子どもたちが通える所は極めて少ない。教育を受ける機会を与えられないことが、性産業や日雇いの仕事に従事せざるを得ず、貧困の連鎖を生んでしまう現実があるという。
栃久保さんらは2019年に「ロータスフリースクール」を開き、こうした被差別民の子どもたちを受け入れた。現在は65人が通い、教員や事務スタッフ8人が従事する。人件費などに要する経費約200万円は、世界の仏教者の寄付などでまかなっている。

現在は、観光産業での就業を視野に入れたミュージックスクールやパソコンスクールを開こうと、日印のロータリークラブとの連携を模索。また、女性の収入確保のため、服飾技術を教えるなどして、フェアトレード=用語解説=商品の製造販売も始めている。
栃久保さんは「今は、必要最低限の教育しかできていないが、さらに教育の幅を広げ、お母さんたちの支援もしていきたい」と力を込める。
栃久保さんは大学卒業後、人材の紹介・育成を行う企業で勤務していたが、26歳のときに過労やストレスから脳腫瘍ができ、駅で突然倒れた。手術後に目覚めた病院の患者は働き盛りの世代が多く、亡くなった人もいた。「もっと心身の健康にアプローチできる仕事をしたい」と考えるようになった。

退院後に転職し、大学時代に始めたヨガを活用して、社員のメンタルヘルス対策を実施。2013(平成25)年には、心身の健康指導もできる人材コンサルタントとして独立開業した。
いろいろな心身の症状と向き合ったことから、ヨガの実力を高める必要性を感じて渡米。世界最大のヨガ協会のインストラクター資格を得たが、美しさだけを追求するものだと感じた。
もっと本場のヨガを知りたいと、東京都内にあるインド政府公認のインストラクター養成機関で学び直した後、15年にインドへのスタディーツアーに参加。夜な夜な街に繰り出し、仲間と交流する様子を会員制交流サイト(SNS)に連日投稿したところ、国際協力機構(JICA)からガイドとしてスカウトされた。
17年に、高野山真言宗の僧侶から頼まれ、檀信徒向けの仏跡ツアーのガイドでブッダガヤを訪問した。そのときに出会ったのが、共に学校を設立することになった現地コーディネーターのディパックさんだった。

ディパックさんは、土産物の販売で資産を築き、栃久保さんと出会ったときには旅行ガイドとして活動しながら、ホテル経営も行うようになっていた。
ヒンズー教社会では、人は二つの命を持っており、社会的成功を収めた人は一つの命を家族に、もう一つの命を他のために使うことが常識とされているという。ディパックさんは後者の命を学校設立にささげようとしていた。
2人は意気投合し、18年にNGOを設立。泥の中で花を咲かせるハスの姿と、被差別の立場でも未来を開くことができるという思いを重ねて、団体名にハスを意味する「ロータス」を冠した。
栃久保さんは2児の子育てをしながら、国内で人材育成指導やヨガインストラクターとして活動。NGOの活動で訪印を繰り返す中で、日本国内の社会課題に取り組む人々から、事業運営の相談をたびたび受けるようになった。
苦しい思いを分かち合い、情報交換ができる場の必要性を感じ、今年9月には社会活動に取り組む女性起業家が集うプロジェクト「ミッショナブル・ガール」を発足。オンライン交流会や勉強会を開いている。
栃久保さんは「本当の社会貢献には苦しさがあり、行政に突き放されることもあるので孤独な戦いでもある。覚悟を持って進めるよう、同じ価値観で支え合い、苦しさを吐き出せるようにしたい」と話している。
【用語解説】フェアトレード
発展途上国の農産物や日用品などを、適正な価格で継続的に購入する仕組み。立場の弱い生産者の労働条件や生活水準を改善して経済的な自立を促すとともに、環境保護にもつなげる。「公平(公正)な貿易」と訳される。