2026年1月30日
※文化時報2025年12月5日号の掲載記事です。
東京都葛飾区の浄土宗香念寺が奇数月に開いている「介護者の心のやすらぎカフェ」が10年目に入った。介護の悩みや苦労を打ち明け、相談や情報交換する場になっており、最近では介護を終えた後の心中を吐露する人が多いという。下村達郎住職(43)は「同じ境遇だからこそ話ができる。話せなくても、いるだけで心が和めればいい」と自然体を貫く。(山根陽一)
11月18日の「やすらぎカフェ」には10人が参加。家族を介護する人、介護を終えてその経験を生かしたい人、認知症カフェを主宰する人、老人ホームで働いた経験を持つ人など多彩な顔ぶれが集まった。

前半は簡単な自己紹介を、後半は車座になって深い思いを語り合う。全体で約2時間だが入退室は自由。事前連絡も不要、参加無料だ。
7年前に親の介護を終えた60代男性は、今も後悔しているという。「自分の力不足、知識の欠如があった」と語り、決めた方針を貫くことの大切さを強調した。「後悔は一生消えないが、他の人の話に共感できる。私の経験が役立てば」と、このカフェに通う理由も明かした。
4年半前に母親を看取(みと)った40代女性は、介護をしていた時よりも今の方がつらいと話す。燃え尽きや喪失感を意味する「介護ロス」だという。
有料介護老人ホームで働いた経験のある60代女性は、家族が会いに来る入居者と来ない入居者のけんかを見ると「誰にも迷惑をかけない孤独死がいい」と思うという。だが、話をしているうちに「みんなが生き生きと暮らせる方法があれば」とつぶやいた。

要介護1の夫を支える70代女性は「昨日はカラオケでデュエットできた」とうれしそうな表情。横浜市で認知症カフェを運営する飴矢敦子さんは、昨今の介護疲れによる殺人事件に触れ「誰かの顔を思い出したら、凶行に及ばずに済んだかもしれない」と、支援者同士の連携の大切さを指摘した。
介護の期間や病気、年齢の違いはある。介護を終えた後にほっとする人もいれば、「もっと納得いくまで介護したかった」と思う人や、今でも介護できる家族がいてうらやましいという人もいる。境遇も思いも、人それぞれだ。
下村住職は東京大学医学部健康科学・看護学科(現・健康総合科学科)を卒業後、前住職だった祖父の死去に伴い、2007(平成19)年に住職となった。以前から介護者支援を行っていた東海林良昌・雲上寺(宮城県塩釜市)住職からの提案で、16年11月にこのカフェを始めたという。

「厳かで静かなたたずまいのお寺は、介護に悩む人の多くが『素直に話せる』と言ってくれる」と話す。
重要だと考えているのが「想像」と「継続」。介護はプライベートで深い悩みを抱えるからこそ話しにくいし、心を閉ざしがちになる。「無理に聞こうとせず、黙って寄り添う。1年2年と継続していれば、少しずつ話すようになる」。コロナ禍で接触できない時期に、オンラインで対応できない人には手紙で交流を続けた。
参加者には、同じように介護者を支えている他の寺院も紹介し、つながりをつくるよう促す。さらに小冊子『介護者の心のやすらぎレター』を発行し、情報や思いの共有を図っている。

下村住職は言う。「介護に正解はない。だが、つながりによって少しは穏やかになれる。『話してよかった』と言ってもらえれば」