2024年11月3日
※文化時報2024年9月3日号の掲載記事です。
京都市上京区に地域の社交場となっているベンチがある。映像クリエイターの小畑あきらさん(64)が、廃材とビールケースで作った「置きベン」だ。「現代社会は知らない人との接触がリスクのようになっているが、ここでは人と人が〝うっかり〟つながる」という。どんな秘密があるのか。(大橋学修)
置きベンがあるのは、小畑さんが代表取締役を務める映像制作会社ソッカ(京都市上京区)の前。学校帰りの子どもたちが本を読んだり、腰掛けた高齢者が道行く人とあいさつを交わしたりする。
「ベンチに座り、いつも通り過ぎる人に3回あいさつすると、向こうからするようになる」。小畑さんはそう話した。
2021年9月に第1号を設置。積極的な普及活動は行っていないが、地域の人々をつなぐ効果が着目され、市内各地に置きベンが増えてきた。遠方の福祉関係者がわざわざ見学に訪れることもある。
「地域は人々が生活する場だったのに、今や通路のようになっている」と指摘する小畑さん。置きベンでつながることによって、それぞれが抱える困り事に気付き合える関係が作られることに期待する。SOSを出して、地元の民生委員や専門職が介入する前の段階でおせっかいが連鎖することを目指しているという。
置きベンを着想したのは、オープンダイアローグ=用語解説=を普及させる方法を考えているときだった。困り事に耳を傾けながら言語化することで問題解決に導く手法を、多くの人に実践してもらいたかった。
小畑さんは、就労継続支援B型事業所=用語解説=ネストラボ京都(京都市下京区)の非常勤職員として、利用者への傾聴活動を行ったり、職員を対象に研修を行ったりしている。
研修では、オープンダイアローグの第一人者で精神科医の森川すいめい氏を招いた講演会を企画したこともあったが、コロナ禍で頓挫。事業所を運営する法人の理事長に相談したところ、「利用者さんに小畑さんの話を聞いてもらっては」と提案された。
日本で最も自殺率が低い徳島県海陽町にはベンチが多く、困り事を地域で解決する関係性が育まれている―と森川さんが著書で指摘しているという話をしたところ、利用者から「自分たちでベンチを作ってはどうか」「置きベンとネーミングしてみては」との声が上がったのだという。
小畑さんは任意団体「対話之町京都ヲ目指ス上京」を設立し、置きベンのつくり方などをインターネットで発信。オープンダイアローグの普及につなげようとしている。
「地域社会に置きベンが増えてほしいし、オープンダイアローグという手法があることを、宗教者の方々にも知ってもらいたい。宗教の専門知識と併せることで、傾聴の幅が広がるかもしれない」と期待している。
【用語解説】オープンダイアローグ(精神医療)
当事者と関係者の複数人でその人の困り事について語り合い、言語化することによって問題解決に導く傾聴手法。統合失調症のある人をケアする手法としてフィンランドで生まれた。2006年に同国で行った調査では、統合失調症の発症後5年で約8割が就労・就学し、再発率が減少する効果があったという。
【用語解説】就労継続支援B型事業所
一般企業で働くことが難しい障害者が、軽作業などを通じた就労の機会や訓練を受けられる福祉事業所。障害者総合支援法に基づいている。工賃が支払われるが、雇用契約を結ばないため、最低賃金は適用されない。