2025年1月31日
※文化時報2024年11月15日号の掲載記事です。
選挙前には「史上まれにみる激戦」と報じられていたアメリカ大統領選挙だったが、ふたを開けてみればそれほどの接戦ともならないまま早々とトランプ氏が勝利宣言を行った。マイノリティーや多様性を象徴する存在として、史上初の女性大統領を目指したハリス氏の夢は、かなうことなく潰(つい)えた。
トランプ氏は、前回大統領選挙に当選した際にも、アメリカ第一主義を掲げ、国際協調主義に背を向けて国益を優先した。国連教育科学文化機関(ユネスコ)、国連人権理事会、地球温暖化対策のための国際協定(パリ協定)、世界保健機関(WHO)などの国際機関を次々と脱退し、移民の流入を防ぐためにアメリカとメキシコとの国境に壁を建設し、費用はメキシコに出させると主張する(メキシコは拒否)など、国際社会からは傍若無人な振る舞いと映るような言動も目立った。
トランプ氏がそうまでして守ろうとした「アメリカ国民」は、彼の政策によって本当に幸せをつかんだのだろうか。
ニューヨーク在住の同業の友人は「トランプ前政権時からニューヨークにいますが、差別的な攻撃をいとわない風潮が高まり、特にコロナの際は現地の日本人も、道端で見知らぬ人から差別に基づくと思われる暴力や暴言の被害の対象となりました」と述懐している。
そもそも「アメリカ国民」は、ヨーロッパ人が大陸にやってくる前からこの地に暮らしていたネイティブアメリカン、イギリスから新天地を求めてやってきた「清教徒」、奴隷政策によってアメリカに連れてこられた人々をルーツにもつブラックアメリカンの子孫たち、そして世界中からの移民から構成され、人種も信条も、宗教も性的指向も極めて多様性に富んでいる。そのような多様性を脇に置いて、トランプ氏の想定する「アメリカ国民」を優遇したことで、国内には対立と分断、他者への無理解と攻撃が蔓延(まんえん)した。
一度はそのことに気付いた市民たちが、バイデン氏を大統領に選出したが、トランプ氏はその結果をなかなか受け入れようとせず、支持者が連邦議会を占拠したり、トランプ氏自身が州政府に圧力をかけるなどの妨害行為を行ったりしたとして、刑事訴追された。
なお、トランプ氏は、不倫の口止め料として支払った金額に関する支払い記録の改ざんの嫌疑でも刑事訴追され、有罪評決を受けている。
しかし、このようなプロセスを経てもなお、「アメリカ国民」がトランプ氏を選出したことを重く受け止めなければならない。
かつてイギリスからこの大陸にたどり着いた移民たちが、真の自由を勝ち取るために独立戦争を行い、流血と引き換えに民主主義の国をつくった。248年後、対話より力による支配を優先し、他者の人権をないがしろにする大統領が、これから4年間、「核のボタン」を握るのだ。トランプ氏が巻き起こした対立と分断の果てに待っているものは何か。ことはアメリカだけの話ではない。
【用語解説】大崎事件
1979(昭和54)年10 月、鹿児島県大崎町で男性の遺体が自宅横の牛小屋で見つかり、義姉の原口アヤ子さん(当時52)と元夫ら3人が逮捕・起訴された。原口さん以外の3人には知的障害があり、起訴内容を認めて懲役1~8年の判決が確定。原口さんは一貫して無実を訴えたが、81年に懲役10年が確定し、服役した。出所後の95年に再審請求し、第1次請求・第3次請求で計3回、再審開始が認められたものの、検察側が不服を申し立て、福岡高裁宮崎支部(第1次)と最高裁(第3次)で取り消された。2020年3月に第4次再審請求を行い、鹿児島地裁は22年6月に請求を棄却。福岡高裁宮崎支部も23年6月5日、再審を認めない決定を出した。