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「文化時報」コラム

〈80〉「普通の女の子」に戻る日

2025年5月11日

※文化時報2025年2月28日号の掲載記事です。

 2月20日、湖東記念病院事件で再審無罪となった西山美香さんが国(検察)と滋賀県(警察)に対し、違法な取り調べ、起訴などにより被った損害の賠償を求める国家賠償請求訴訟が結審した。2020年12月25日の提訴から4年あまりを経て、ようやく審理が終わったのである。

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 03年5月、滋賀県の湖東記念病院で、植物状態にあり人工呼吸器を付けていた高齢の入院患者が死亡した。当初、当直の看護師が人工呼吸器のチューブが外れていたことに気付かず患者を死亡させたという業務上過失致死事件として捜査を開始した滋賀県警は、看護助手として当直にあたっていた美香さんにも厳しい取り調べを行った。

 しかし、美香さんは取り調べの途上で担当のY刑事に「キミは賢いね」と褒められ、優しくされたことでY刑事に好意を持ち、気を引くために、「わざと人工呼吸器のチューブを抜いて患者を殺害した」との虚偽の自白をしてしまう。Y刑事はその後、美香さんの恋心を利用し、意のままの自白を獲得していった。美香さんは軽度の知的障害、発達障害をもつ「供述弱者」だった。

 懲役12年の服役後、20年3月に再審無罪となった美香さんは、「普通の女の子」に戻りたかったという。しかし、全国には冤罪(えんざい)に苦しむ人々がまだたくさんいることを知り、無罪判決が確定しても謝罪も反省もない警察、検察の責任を追及することで、冤罪のない世の中になってほしいとの思いから、国賠訴訟の原告になることを決断した。

 そんな美香さんの思いとは裏腹に、国は保管する刑事事件の証拠をなかなか裁判所に提出せず、審理はほぼ1年空転した。滋賀県に至っては、いまだ西山さんを犯人視する準備書面を提出しようとした(後に撤回)。

 そして、美香さんを殺人犯に仕立て上げたくだんのY刑事は、国賠訴訟の証言台で、美香さんに知的障害があることや、美香さんが自分に好意を寄せていたことには「気付いていなかった」として、自白の誘導や強制はしていないと証言した(Y刑事の証言については24年6月14日付本コラム第65回参照)。

 美香さんは、Y刑事に利用され、「殺人犯」として服役までさせられたのに、「刑事さんを恨んでいない。自白した私が悪かった」と思っていた。人を責めることのできない優しい性格ゆえだ。しかし、法廷で次々と噓(うそ)の証言を重ねるY刑事を目の当たりにし、精神の不調を来して入院するほど疲弊してしまった。

 わが国では、冤罪が明らかになったあとも、その原因や真実を究明する制度がないため、冤罪被害者自らが国賠訴訟を提起し、民事裁判の審理で真相究明を図るしかないのだ。

 判決は7月17日と決まった。裁判所が国と滋賀県の責任を認め、美香さんが今度こそ「普通の女の子」に戻れる日を願う。

【用語解説】大崎事件

 1979(昭和54)年10月、鹿児島県大崎町で男性の遺体が自宅横の牛小屋で見つかり、義姉の原口アヤ子さん(当時52)と元夫ら3人が逮捕・起訴された。原口さん以外の3人には知的障害があり、起訴内容を認めて懲役1~8年の判決が確定。原口さんは一貫して無実を訴えたが、81年に懲役10年が確定し、服役した。出所後の95年に再審請求し、第1次請求・第3次請求で計3回、再審開始が認められたものの、検察側が不服を申し立て、福岡高裁宮崎支部(第1次)と最高裁(第3次)で取り消された。2020年3月に第4次再審請求を行い、鹿児島地裁、福岡高裁宮崎支部に続いて最高裁が25年2月、請求を棄却した。

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