2024年12月24日
※文化時報2024年10月18日号の掲載記事です。
東洋哲学を分かりやすく、かつユーモラスに解説した『自分とか、ないから。教養としての東洋哲学』(サンクチュアリ出版)の10万部突破を記念したトークショーが6日、京都文化博物館(京都市中京区)で開かれた。著者のしんめいPさんと、監修した日本臨床宗教師会会長で京都大学名誉教授の鎌田東二氏、京都芸術大学名誉教授の梅原賢一郎氏、友人の渡邊和樹氏が、同書の魅力と東洋哲学について語り合った。(坂本由理)
同書は釈迦や老子らアジアの偉人とその思想を、しんめいPさんの経験を織り交ぜながら紹介。自身がいかに「虚無感」から立ち直ったかについて書いている。笑いを誘う文体でありながら、「空」や「禅」といった難解な概念を感覚的に理解できるようになっている。
しんめいPさんは東京大学法学部を卒業し大手企業に就職したものの、挫折を重ね、離婚も経験。苦しんだ時期に東洋哲学を知り感銘を受けた。
鎌田氏は「『無我』や『道』といった概念を自分の言葉でかみ砕いて説明しているのが素晴らしい。『禅』について『言葉はいらねえ』とたんかを切るところは特に好き」と感想を述べ、梅原氏も「若い人に読まれているのがいい」と評した。
トークショーでは西洋哲学と東洋哲学の比較、仏教の持つエンターテインメントの側面などについても語られ、しんめいPさんと鎌田氏の音楽セッションで締められた。
盛況に終わったトークショーの後、しんめいPさんに著作や今の宗教界、カルト問題について聞いた。
――難解な東洋哲学をとてもシンプルに解説しておられますね。誤解を生まないよう相当気を使ったのではないですか。
「一番気をつけたのは、この本がカルト宗教への導入にならないようにすること。そのために監修を鎌田東二先生にお願いし、カルト脱会の専門家に話を聞いた。特に親鸞は利用されやすいので、この本では親鸞を『イジる』ことを意識した。聖性を剝がされることをカルトは嫌うので」
――伝統的な宗教界からの反応は。
「おおむね好評で安心した。自分は仏教の受益者。僧侶の方々が積み上げてきた仏教への信頼を損なうことは、絶対に避けたかった」
――難しかったところは。
「親鸞の『空』の概念。これは自分なりに解釈したもので、違和感を持つ人がいるかもしれない。ぜひ忌憚(きたん)ないご意見を頂きたい。健全な議論は次に向けての問題提起になる」
――宗教に無関心な人が増えているといわれる中で、10万部も売れました。
「皆、潜在的に興味があるのだと思う。不安定な時代で、社会の中心となる柱のなさ、よりどころのなさに不安を感じている。宗教に近いよりどころが、いわゆる『推し活』のようなエンターテインメントで、推しが教祖の役割を果たしているのではないか」
――苦しい時にカルトがあれば、人はすがってしまうのかもしれません。
「現代には怪しげなスピリチュアルや、食や健康の分野の一部が先鋭化して、宗教になりつつあるものもある。外来のぽっと出の思想と、2千年の知恵を受け継ぐ伝統宗教には違いがある。現代でもそこら中にお寺があるありがたみを知ってほしいし、日本の土壌の素晴らしさを再発見してもらいたい」
――自身が苦しかった時にカルトに流れなかったのは正しい知識があったからだと思いますか。
「そう思う。知識は防波堤になる。革新的な思想に飛びつく前に『あ、仏教でも言われていることじゃないか』と気付くことができる」
「普段から仏教に接していれば、お寺がきれいに保たれていたり、住職が教義を正しく伝えてくれたりしているのが分かる。そういったものを肌で感じていれば、カルトに出会ったときに必ず違和感を覚えるはずだ」
――現代の「宗教離れ」に、宗教界の努力不足はあると思いますか。
「それはない。伝統的な宗教界は長年、質実剛健に努力して来たし、それが信頼となって積み上がっている。宗教離れは、シンプルに時代の流れ。宗派サイドの問題というより、つなぎ役、一般の語り手が増えることが大事。この本をきっかけに、類書が出てくればうれしい。もちろんきちんと監修が付いた上で」
――最近は動画投稿サイト「ユーチューブ」や会員制交流サイト(SNS)を使って布教する若い僧侶も出てきました。
「伝統的な宗派が盛り上がるのはとても良いこと。自分も『護摩に行ってみたら』と勧めるなど、一般の人と宗教界をつなぐように意識している」
――宗教界に伝えたいことは。
「『伝統を守ってくださってありがとうございます』と伝えたい。宗派の皆さま、先人の知恵のおかげで苦しい時に救われた。革新的なことをやってほしいとは思っていない。ただ、自分の本を持ってお寺を訪ねる人がいたら、自分では伝えきれない仏教の神髄を教えてあげてほしい」