2025年3月17日
札幌市の工藤勲さん(44)は2022年10月にブルーブロッサムの事業を立ち上げた。4種類の北海道産野菜を生地に混ぜたパウンドケーキを製造・販売しており、「やさいのおやつ」として徐々に認知されている。自閉スペクトラム症(ASD)=用語解説=の次女による野菜のキャラクターがパッケージに描かれており、誰もが手に取りやすくなっているのも人気の理由だ。
パウンドケーキはサツマイモ、玉ネギ、小松菜、ニンジンの4種類。いずれもしっとりした食感が特長で、リピーターから好評を得ている。知り合いの農家から規格外野菜を仕入れ、フードロス削減にも貢献している。
札幌丘珠(おかだま)空港にある売店のほか、地域のイベントにも積極的に出店。そのたびに知り合いが増え、東京・有明ガーデンで販売する機会に恵まれたほか、一般社団法人日本マタニティフード協会(横浜市戸塚区)ともつながった。札幌市のふるさと納税の返礼品にも選ばれている。
ブルーブロッサム設立のきっかけは、サツマイモ農家の知り合いから購入した焼き芋だった。
「焼き芋を1日で全部食べ切れず、次の日に食べるのもなんだか…。それならパウンドケーキに、と混ぜて焼いたところ、とてもおいしかった」。事業化のヒントになった。
工藤さんは妻、長女、次女の4人家族。パウンドケーキ作りは自宅から通える妻の実家の車庫を改装し、自宅兼店舗という形で運営している。初期費用を抑え、130万円ほどでお菓子作りに必要な作業場を整えた。
ネット販売がメインだが、取り置きも可能。近隣であれば、工藤さん自身が配達することもあるという。
パウンドケーキ作りは妻が担当し、子どもたちは野菜の仕分けなどを手伝う。「妻の両親にも、われわれ家族が協力して新しいことに挑戦する姿を見てもらいたい」と、工藤さんは話す。
パッケージに描かれている野菜のキャラクターは次女のオリジナル作品。ポップで勢いのあるイラストだ。ホームページや会員制交流サイト(SNS)で広めるのは長女の役目。通信制高校で習ったウェブデザインの技術を駆使し、会社と商品をPRしている。
工藤さんは長年、保険業界で働いており、現在は保険代理店に所属して、平日は会社員として勤務している。週末をブルーブロッサムの経営に当て、忙しい毎日を過ごしているが、家族経営を始めたことで、子どもたちとのコミュニケーションは以前より多くなった。
事業を始めるにあたっては、ある思いがあった。
長女は中学2年の時に不登校になって、卒業まで学校に通えなかった。次女は自閉スペクトラム症で支援学級に通っている。生きづらさを抱える娘たちの将来を、今後どうすればいいか考えていたという。
「娘の障害も一つの個性。規格外野菜も個性といえば同じ個性だと思えました。妻は専業主婦で、家族でできることを持ち寄ると、たどり着いたのがパウンドケーキでした」
元々、自閉スペクトラム症の特性から次女には偏食の傾向があるが、妻が焼いたパウンドケーキはよく食べ、周りからも評判が良かった。
知的・発達・精神障害のある人が成人して、一般就労が難しい場合には、福祉サービスを利用しながら社会との接点を持つ。例えば就労継続支援B型事業所=用語解説=だと、軽作業をして給料ではなく工賃をもらう。
だが工藤さんは、国の制度に頼り続けるのは危険であり、本来は障害を持っても生きられるビジネス力を身に付けることが大切なのではないか―と考えている。
「今後はますます、複数の仕事を持ちながら働くのが当たり前になるでしょう。娘が就労支援施設に通うのは悪いことではないですが、一つの場所に依存せず、働ける場所を持つことが必要だと思います。自分たちでお金を生み出す経験もしてほしいですね」
娘たちにとっては、楽しく生きられるのが一番。そのためには自立することが大事であり、自立のための訓練が必要、というわけだ。
事業を始めてから、次女にもうれしい出会いがあった。マイノリティーをテーマに創作活動を行う絵本作家ヤギオイヌ.さんから、イラストレーターとして作画を依頼され、一緒に絵本を制作した。
主人公はサツマイモで、次女の特性を紹介していくストーリー。完成後はイベントを開いたほか、次女の小学校や中学校、工藤さんの恩師との縁でつながった高校に寄贈している。
ブルーブロッサムは今後、どのように事業を展開させていくのか。
目下は売り上げの安定が一番の目標だが、これまでと同様にネット販売を続けながら、ゆくゆくはカフェを経営することも一つの案として考えているという。
娘たちに何を残せるか。父親として、経営者として、工藤さんの挑戦は続く。
【用語解説】自閉スペクトラム症(ASD)
コミュニケーションや対人関係の困難と、特定のものや行動への強いこだわり、限られた興味などの特徴がみられる発達障害。かつては自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー症候群などの名称で呼ばれていたが、アメリカ精神医学会が2013年に発表した精神疾患の診断基準(DSM)第5版からは自閉スペクトラム症に統一された。約100人に1人いるとされる。
【用語解説】就労継続支援B型事業所
一般企業で働くことが難しい障害者が、軽作業などを通じた就労の機会や訓練を受けられる福祉事業所。障害者総合支援法に基づいている。工賃が支払われるが、雇用契約を結ばないため、最低賃金は適用されない。