検索ページへ 検索ページへ
メニュー
メニュー
TOP > 橋渡しインタビュー > 【東日本大震災15年】歌う尼さん「小休止」

インタビュー

橋渡しインタビュー

【東日本大震災15年】歌う尼さん「小休止」

2025年12月31日 | 2026年1月1日更新

※文化時報2025年12月19日号の掲載記事です。

 心に染み入る美しいメロディーと、柔らかく包み込むような歌声。シンガー・ソングライター、やなせななさん(50)の歌には、人を揺さぶる力がある。浄土真宗本願寺派教恩寺(奈良県高取町)の住職でもあり、「歌う尼さん」として21年半にわたり活躍してきたが、2024年に母親を亡くし、今は小休止の時期だと感じている。(主筆 小野木康雄)

がん克服後の挫折感

 「疲れ果てていて、燃え尽き症候群のような感じ」。近況について、やなせさんは率直にそう語る。

 04(平成16)年にデビューして以来、これまでに8枚のアルバムをリリース。CMソングやゲームのテーマソング、劇中歌などに楽曲が起用され、全国ツアーも行った。多数のテレビ番組に出演し、映画の企画・脚本・音楽を手がけ、仏教エッセーを出版し…と、活動は多岐にわたった。

「やなせななの音楽を、一人でも多くの人に届けたい」という一心でコンサートに臨む(本人提供)
「やなせななの音楽を、一人でも多くの人に届けたい」という一心でコンサートに臨む(本人提供)

 そうした華々しい経歴とは裏腹に、今、感じているのは「挫折感」だという。

 やなせさんは30歳を目前にしたとき、子宮体がんと診断された。子宮と卵巣を全摘出しなければ、命を失うという大病。手術を受け、「死にたい」と思うほどの心身のつらさを、何とか乗り越えた。

 周囲の勧めもあり、闘病体験をコンサートで話すようになった。いのちの大切さや生死の苦悩を見つめる僧侶であることも、前面に出した。自分を切り売りしているようで不本意だったが、とにかく歌を聴いてほしかった。

 果たしてCDは飛ぶように売れ、仕事の依頼は殺到した。それは願ったことに違いなかったが、一方で「やなせななの歌は、歌だけでは通用しない」と宣告されているようにも思えた。

 やなせさんは言う。

 「私の作る歌は、ちっぽけな私自身を離れ、誰かの閉ざされた心の奥の悲しみにも、染み込んで寄り添う力があると信じてきた。何とかして、やなせななの音楽を、一人でも多くの人に届けたいと考えて生きてきた」

「まけないタオル」の縁

 やなせさんが疲れ知らずでいられるのは、人のために動いているときだ。

 2011(平成23)年の東日本大震災が、最たる例だった。コンサート開催でお世話になった山形県最上町の曹洞宗松林寺住職、三部義道さんが、宮城県内の被災地に入っていち早くボランティア活動を始めたとき、「私もやります」と手を挙げた。

 募金を呼びかけるため、三部さんらと共に「まけないタオル」を作った。青地に白字で「まけない!」と力強く書いてあり、長さは普通のタオルより短めの50センチ。首にも頭にも巻けないが、震災にも負けないという思いを込めた。

東日本大震災では「まけないタオル」を作って寄付を募った(本人提供)
東日本大震災では「まけないタオル」を作って寄付を募った(本人提供)

 宮城県山元町の曹洞宗徳本寺住職、早坂文明さんが作詞し、やなせさんが作曲してテーマソング『まけないタオル』を制作。全国を歌って回り、タオル8万5千枚を配った。

 「こんなに深い悲しみがあることを、これまでの人生で知らなかった」。津波の犠牲になった人の遺族と会い、話を聞くことで、宗教者の役割は弔いと傾聴に尽きると痛感した。

 やなせさんの代表曲の一つ『春の雪』は、被災した人々の思いを歌にしなければ、との使命感に駆られて作った。「今にも 君が その扉を開けて」というフレーズから始まる、語りかけるような歌声。コンサートでは号泣する人もいるという。

生かされる限り、生きる

 やなせななさんがプロのシンガー・ソングライターを志したきっかけも、悲しみだった。

 25歳のとき、友人の姉が拒食症で亡くなった。自分自身は無力でも、必死の思いで作った歌なら、友人の悲しみに寄り添えるのではないか。「大丈夫だよ」と自分が言うよりも、歌なら気持ちを軽くできるのではないか―。

 こうした音楽に対する考え方は、当時から一貫して変わらない。ただ、今はどうしても、自分の心が追い付かない。

 20年2月、全国ツアーを終えたころにコロナ禍が起き、歌の仕事がなくなった。ほどなくして、誰よりも応援してくれていた最愛の母親が、認知症に。介護の末、24年9月に看取(みと)った。立ち止まらざるを得なかった。

 浄土真宗は「悲しみの先に開かれる世界」を説く。どんなに大切な人も、必ず亡くなる。人はその悲しみを背負ったまま、生かされる限り命を生きる。

僧衣姿で歌うやなせさん。宗派を超えた寺院での法話コンサートが好評で、47都道府県約700カ所で公演した(本人提供)
僧衣姿で歌うやなせさん。宗派を超えた寺院での法話コンサートが好評で、47都道府県約700カ所で公演した(本人提供)

 最近、親しい先輩から「やなせの歌に、やっと年齢が追い付いてきたね」と言われた。今は、人生を省みるときなのかもしれない。

やなせななさん×本紙主筆 ラジオ新春特番に出演

 シンガー・ソングライターのやなせななさんと文化時報の小野木康雄主筆は26年元日と1月8日放送のインターネットラジオ番組「RoseMaryのほっこり心晴日和」(fmGIG)に出演し、対談する。

 今回の記事に盛り込まれなかったエピソードを含め、やなせさんの魅力に迫る内容となっている。

 同15日放送回には小野木主筆が、同22日放送回にはやなせさんがそれぞれ単独で出演する。

【RoseMaryのほっこり心晴日和】

本放送:毎週木曜午後9時半~10時

http://219.117.222.166:8020/giglive2

再放送:毎週金曜午後5時~5時半

http://219.117.222.167:8020/giglive

再放送:毎週金曜午後6時~6時半

http://219.117.222.169:8020/giglive

やなせなな(本名・梁瀬奈々)1975(昭和50)年7月生まれ。龍谷大学文学部真宗学科卒。2004(平成16)年5月、シングル『帰ろう。』でデビュー。30歳で子宮体がんを克服した経験と僧侶の視点を生かし、シンガー・ソングライターとして多彩な活動を展開。22年に生家の浄土真宗本願寺派教恩寺(奈良県高取町)の住職を継いだ。無類の猫好き。
やなせなな(本名・梁瀬奈々)1975(昭和50)年7月生まれ。龍谷大学文学部真宗学科卒。2004(平成16)年5月、シングル『帰ろう。』でデビュー。30歳で子宮体がんを克服した経験と僧侶の視点を生かし、シンガー・ソングライターとして多彩な活動を展開。22年に生家の浄土真宗本願寺派教恩寺(奈良県高取町)の住職を継いだ。無類の猫好き。

おすすめ記事

error: コンテンツは保護されています