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〈文化時報社説〉中絶が招く米国の分断

2025年2月1日

※文化時報2024年11月22日号の掲載記事です。

 5日に投票が行われた米大統領選は、共和党のトランプ前大統領が民主党のハリス副大統領に圧勝した。大激戦という下馬評を覆し、選挙結果を左右する七つの激戦州(スイングステート)全てを制したほか、全米の総得票数でも大差をつけた。

社説

 平和を希求する日本の宗教者が、今後のトランプ氏の動向に注目するのは当然だとしても、まずは落ち着いて選挙結果を見つめたい。とりわけ、ハリス氏が人工妊娠中絶の権利擁護を選挙戦の争点に掲げたことについては、検証の必要がある。

 時事通信は「女性票取りこぼし、民主誤算 中絶争点化は空振り―米大統領選」と題する記事を10日に配信し、中絶の権利擁護がハリス氏の得票に結びつかなかった可能性を示唆した。一方、英BBC放送(電子版)は6日、大統領選に合わせて10州で行われた住民投票のうち、6州で中絶の権利を支持する政策が承認されたと報じた。

 中絶は命の尊厳にかかわるテーマであり、多様な価値観が論点を複雑にしている。例えば、中絶は性被害に遭うなど望まない妊娠をした女性を救うための手段であり、産むか産まないかを女性が自己決定できるとうたった「リプロダクティブ・ヘルス/ライツ」(性と生殖に関する健康と権利)を支える医療技術である。

 他方、胎児にとっては命を奪われる脅威だ。染色体異常を調べる新型出生前診断(NIPT)=用語解説=と共に用いられれば、障害者の排除や優生思想の台頭という危険性をはらむ。

 中絶について合意を形成するには「熟議」が必要である。単純な賛否や、リベラルと保守で区分けできるような問題ではない。ハリス氏が青(民主党)か赤(共和党)かという二者択一を迫ったこと自体、命の尊厳にそぐわない態度だったといえないだろうか。

 トランプ氏が共和党の大統領候補として政治の表舞台に登場した2016年大統領選以来、米国は対立と分断の危機にさらされてきた。20年大統領選で勝利したバイデン大統領は、就任演説で繰り返し結束を呼び掛け「意見の不一致が、国の解体につながってはならない」と訴えた。

 ところが今回の24年大統領選でハリス氏が国民に示したのは、トランプ氏との意見の不一致をあぶり出すかのような姿勢だった。

 不出馬に追い込まれたバイデン氏の後を継ぎ、約100日間という短期決戦で勝利するには、トランプ氏を男性的な力の象徴とみなして自分との「違い」を引き立たせ、女性を味方につける戦略が最も効果的だと考えたのかもしれない。

 ただ、それは対立と分断の土俵に自ら乗ることを意味していた。これまで中絶反対の立場を示してきたトランプ氏が「各州の判断に委ねる」との立場を取り、争点化を避けたのとは対照的だった。

 もっとも、トランプ氏の支持基盤であるキリスト教福音派は、聖書を額面通り受け止めることで、中絶は「神の教えに反する」と主張する。トランプ氏が大統領に返り咲いた後、中絶を巡る分断と対立がさらに深まる恐れもある。引き続き注視すべきだろう。

【用語解説】新型出生前診断(NIPT)

 妊婦の血液から胎児の染色体異常を調べる手段。日本ではダウン症など3種の疾患を対象に、2013(平成25)年に始まった。受診前後の「遺伝カウンセリング」や正確な情報提供を行うため、日本医学会が500超の医療機関を実施施設として認証している。産婦人科医のいない非認証施設でも検査が行われていることや、障害・疾患への偏見を助長する可能性があることなどが問題となっている。

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