2025年4月13日
※文化時報2025年1月24日号の掲載記事です。
高齢者や障害者の外出をサポートする福祉タクシーを走らせる京都在住の女性がいる。トラベルヘルパーの坂本貴未さん(48)だ。日常の買い物や通院だけでなく、墓参りや旅行にも同行。介護技術と旅の業務知識を備えた介護旅行の専門家として、外出に不安を持つ利用者から信頼を得ている。「人生を楽しむことを諦めてほしくない」と語る坂本さん自身も、利用者との出会いやキャリアの巡り合わせを通じ、不思議な「縁」を感じている。(坂本由理)
結婚・出産を経てハローワークから紹介され、軽い気持ちで始めた介護職は、天職といえるほどやりがいを感じていた。しかし訪問介護の責任者として勤務していたとき、介護保険ではできることが限られていることに気が付いた。
例えば、介護保険は仏壇に飾る花代やお墓参りに同行するヘルパー代には適用されない。高齢の利用者は日々の出来事を仏前に報告するというささやかな楽しみや心の支えを失い、生きがいをなくして体が衰えていく。そうした利用者の姿を見て、保険ではカバーしきれない、人生の楽しみについて手助けをしたいと思うようになった。
頭に浮かんだのが、趣味の旅行だった。2021年にトラベルヘルパーの資格を取得し、外出支援サービスの「kamiina(カミーナ)」を開業。さらにワンボックスカーを購入し、24年に福祉タクシーのサービスを始めた。スロープを装備した車は、車いすのまま乗降や移動ができると好評だ。
大学卒業後に就いた観光ハイヤーの運転手の経験や、当時取得した第二種運転免許が思わぬ形で役に立った。「介護士や保育士の経験も含め、全てが今につながっている」と、何かに導かれているような、不思議な縁を感じている。
利用者の年齢や事情はさまざまだ。旅行中の入浴や起床を手伝ってもらえれば、あとは自分一人で楽しめるという若い女性もいれば、自分のルーツをたどり、先祖の墓参りをしたいと、人生のテーマに関わる旅を希望した男性もいた。
ある家族は、父親が筋萎縮性側索硬化症(ALS)=用語解説=を患い、施設に入ることが決まっていた。「これが最後の家族旅行」と言っていた父親は旅行中、楽しそうな妻と娘の姿を見ながら「絶望していたけれど、介助があればまだ楽しめる」「これからは旅行を生き甲斐にする」とつぶやいた。その言葉に、自分が目指していたものが全て詰まっていると思った。
高齢や病気で思うように体が動かなくなった時、人はもう二度と旅行を楽しめないと思ってしまう。けれども、「少しの助けがあれば、諦めることなど何もない」と伝えたいという。
先駆者の少ない仕事を手探りで始めたとあって、想定外のことばかり起きるが、介護職の経験から、多少のことでは動じずに対処できている。万一を想定し、救急救命講習を徹底的に受けたり手話を学んだりと、準備はいつも怠らない。
趣味で訪れた海外旅行先でも、バリアフリーへの対応をついチェックしてしまう。スペインやフィンランドでは、車いすの人たちが積極的に外出している姿が目についた。翻って日本、特に神社仏閣の多い京都はバリアフリー化が遅れていることが気になった。
開業してしんどいと思ったことはなく、楽しさの方が大きい。「仕事に夢中で、気付いたら数カ月休んでいないこともある」と笑う。
一方で、このような仕事はない方がいいとも思っている。「周りの人が当たり前に助けてくれる社会が、本当は一番いいのですから」
【用語解説】筋萎縮性側索硬化症(ALS)
全身の筋肉が衰える病気。神経だけが障害を受け、体が徐々に動かなくなる一方、感覚や視力・聴力などは保たれる。公益財団法人難病医学研究財団が運営する難病情報センターによると、年間の新規患者数は人口10万人当たり約1~2.5人。進行を遅らせる薬はあるが、治療法は見つかっていない。