2025年10月30日
※文化時報2025年8月12日号の掲載記事です。
障害者施設「津久井やまゆり園」(相模原市緑区)で起きた相模原障害者施設殺傷事件=用語解説=から9年となった7月26日、佛教大学二条キャンパス(京都市中京区)でシンポジウム「何が問題か? あなたはどうする?」が開かれた。哲学者で立教大学兼任講師の永井玲衣さん(34)が基調講演を行い、参加者約100人が人間の尊厳や対話の重要性について考えた。
永井さんは、参加者同士が哲学的なテーマについて語り合う「哲学対話」を実践しており、学校や企業、寺社などで幅広く行っている。

事件当時、大学院生だったという永井さんは基調講演で、「犯人に同調する無邪気な語りが、燃え盛る火のように私たちの社会を包み込んでいると感じた」と振り返り、事件について言葉にすること、そのためには問いを持ち続けて考えることが大切だと説いた。
具体的には、差別は「一緒くたにされること」から始まるとして、一人一人を取り替えのきかない存在と見ることが必要だと強調。「役に立たなければ意味がない」といった優生思想の〝呪い〟の言葉を、大人が吐き出して子どもが食べ、犯人も最悪な形で表出したとの見方を示した。
また、共に考える対話は「聴き合うこと」であり、「傷ついた社会や個人の修復の試み」であると指摘。人間観を「自立した主体」ではなく、もろくて弱い、ケアを前提とした「あなた」と「わたし」に変える必要があると伝えた。
その上で「哲学は、分からなさを分かち持つ営み。社会を変え、自分が変わるために問うことが大事であり、問うことに希望を持っている」と語り掛けた。
続いて障害福祉に携わる支援者や精神障害の当事者ら3人が、永井さんと共に登壇。お金を稼ぐことだけに価値を置くかのような障害福祉サービスや、障害年金の支給か不支給かによって障害者同士が分断されていることなどへの言及があった。
また、会場からは「他者に手を差し伸べる精神的余裕を失っているから、優生思想につながるのではないか」「ディベートや論破ではなく、互いを認め合う対話が重要であることがよく分かった」などと多様な意見が上がった。

シンポジウムを主催した「相模原殺傷事件を考える実行委員会」の実行委員長で浄土宗大泉寺(京都市下京区)住職の漆葉(うるは)成彦(しげひこ)・佛教大学保健医療技術学部教授は、学内のアンケートで社会福祉学科の学生は事件のことをほぼ全員が知っていた半面、看護学科の学生で知っている人は3割に満たなかったと明かした。
その上で、障害のある人の存在が社会で見えにくいことが背景にあることに加えて、支える人たちや施設も、社会の見えない場所に押し込まれているのではないかと問題提起。「支援者の声は、社会に十分届いているだろうか」と問い掛けた。
【用語解説】相模原障害者施設殺傷事件
2016(平成28)年7月26日未明、相模原市緑区の障害者施設「津久井やまゆり園」で、元職員の植松聖死刑囚が入所者19人を刺殺し、他の入所者24人と職員2人に重軽傷を負わせた。植松死刑囚は事件前から障害者を差別する発言を繰り返していたとされる。20年3月に横浜地裁で死刑判決が言い渡され、植松死刑囚は自ら控訴を取り下げて確定。22年4月に再審請求を行った。