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⑳死をタブー視しない行政 いわき市「いごく」

2024年1月13日

※文化時報2023年8月1日号の掲載記事です。

 地域包括ケアシステム=用語解説=の構築を図ろうと、死をタブー視しない情報発信に取り組む自治体がある。福島県いわき市だ。2017(平成29)年にコミュニティデザイン・プロジェクト「いごく」を立ち上げ、ポータルサイトやフリーペーパー、イベントなどを通じて精力的に啓発活動を展開している。行政としてはユニークかつ先進的であり、お寺にとっても参考になる点は少なくない。

 「いごく」は方言で「動く」の意味。「人は動けなくなるまで動いていく」「誰かがどこかで動いているからこそ、暮らしが成り立つ」ことを背景に、いわき市における地域包括ケアの理念として掲げている言葉だという。

ポータルサイト「いごく」。地域の「いごき」を発信する
ポータルサイト「いごく」。地域の「いごき」を発信する

 プロジェクトを立ち上げた経緯はこうだ。

 いわき市では、16年に地域包括ケア推進課が新設された。当時の担当者は、まず地域の実情を知るため、地域の集まりや医療・介護の勉強会に積極的に参加。その結果、「亡くなりたい場所で亡くなれない」「死ぬことを考えるのは『縁起でもない』と思っている」「自宅で最期を迎えられる手段があることを知らない」といった現状があることを痛感した。

 そこで、そうした現状を変えていくために、まずは死をタブー視せずに考えたり、家族や周りの人たちと話し合ったりできるようにしたいと考えた。ついては高齢者だけでなく、「自分はまだ関係ない」と思っている下の世代を巻き込んで情報発信することの重要性を感じたという。

 だが、「自分はまだ関係ない」と考えている人たちに興味を持ってもらうのは難しい。そこで、デザインが持つ力や民間の専門家の力を借りることにした。地元に縁のあるデザイナー、編集者、カメラマン、ライターらに声を掛け、翌17年にコミュニティデザイン・プロジェクト「いごく」を立ち上げた。コミュニティデザインとは、「人々がつながる仕組み」をつくることだという。

評判のフリーペーパー

 「いごく」の情報発信ツールには、ポータルサイトとフリーペーパー、そしてイベントがある。

フリーぺーパー創刊号の表紙。特集は「やっぱ、家で死にてぇな!」
フリーぺーパー創刊号の表紙。特集は「やっぱ、家で死にてぇな!」

 ポータルサイトでは、市内の高齢者に関するさまざまな取り組みや元気な高齢者を紹介。あらゆる世代に見てもらえるよう、写真・イラストをふんだんに使い、柔らかく分かりやすい文章にしている。このほか、会員制交流サイト(SNS)や動画投稿サイト「ユーチューブ」による情報発信も行っており、フェイスブックは最低週1回投稿している。

 フリーペーパーも、インターネットを利用できない高齢者らに限らず、全年齢層を対象にしている。インターネットは関心がないと検索しないが、紙媒体だと手に取ってもらいさえすれば興味を喚起しやすいからだ。

 ポータルサイトで発信した中からえりすぐりの記事や、特に知ってもらいたい情報を特集に組んでいる。「やっぱ、家で死にてぇな!」「認知症解放宣言」「いわき人の死に様。」などと、インパクトのあるタイトルになっている。

 年1~2号出しており、累計13号に上っている。発行部数は1号当たり約5千部。評判を聞いた市外の人や行政からも取り寄せのリクエストがあるという。

体験型イベントに力

 イベントにも力を入れている。

 「老・病・死をポジティブに捉え、皆で考えていこう」と、さまざまなプログラムや体験型コンテンツを提供する「igoku Fes.(いごくフェス)」を、16年から年1回開催。入棺体験や仮想現実(VR)による認知症体験、シニアポートレート撮影会のほか、若い世代からも関心が得られるような即興劇、講演会などを行ってきた。19年までは毎回400~500人が参加。「幅広い年齢層が時間を共有できるのはすてき」「エネルギーをもらった」などの感想が寄せられたという。

イベントで盛り上がる会場
イベントで盛り上がる会場
入棺体験の様子
入棺体験の様子

 コロナ禍により20年はオンラインで実施し、21年は中止。22年は規模を縮小し、名称を「いごくミーティング」に変更して映画上映会と終活相談会などを行って、約100人が参加した。

デザインにこだわる

 こうした「いごく」プロジェクトの成果について、地域包括ケア推進課の後藤美穂係長と江口紗代主査は「ポータルサイトとフリーペーパーというメディアができたことで、地域のすてきな高齢者や地域独自の取り組みなどを共有できるようになった。担い手である医療・介護関係者らのモチベーションアップにもつながっている」と話す。

 地域包括ケアシステムという分かりにくい概念を、多くの人に伝え、考えるきっかけとなっていることは間違いなさそうだ。

 老・病・死をタブーとする市民の意識は変わってきたのだろうか。後藤係長と江口主査は「個人的見解」とした上で、次のように話した。

 「まだ変わったとは感じていない。ただ、老・病・死に関心を寄せてくれる市民が一定数いることや、他の自治体やマスコミなどが興味を持ってくれている。こうした取り組みを続けていけば、いずれ変わってくるだろうという手応えは感じている」

 課題を挙げるとすれば、「いごく」を知らない人がまだまだいること。自分に関心のないことは知らないままになってしまいがちだという。その課題を解決するためにも、「幅広い世代の方の興味を引くテーマ選定と構成を常に模索しながらデザインにこだわり、情報発信を続けていく」と決意している。

塚本優が聞いた「人と地域がつながる取り組み」

【用語解説】地域包括ケアシステム

 誰もが住み慣れた地域で自分らしく最期まで暮らせる社会を目指し、厚生労働省が提唱している仕組み。医療機関と介護施設、自治会などが連携し、予防や生活支援を含めて一体的に高齢者を支える。団塊の世代が75歳以上となる2025年をめどに実現を図っている。

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