2024年3月13日 | 2024年10月2日更新
※文化時報2023年10月3日号の掲載記事です。
社会福祉法人中央福祉会の特別養護老人ホーム三思園(青森市)は、人生会議(ACP)=用語解説=に積極的に取り組むことにより、ホーム内での看取(みと)り率100%を実現した。また、地域の人たちに向けた「デスカフェ」や看取り事例の講演を実施。人生会議を疑似体験できる津軽弁のカードゲーム「どせばいい?カード」を作製し、啓発・普及活動に力を入れている。
「国民の意識調査では、最期は病院より自宅を希望する人が多いにもかかわらず、依然、病院死が約7割を占めている。自分の希望通り死ねないのは、人生会議が認知されていないためだ」。高橋進一看護師長は、そう語る。
三思園では比較的早くから看取りに取り組んできたが、本人らしさを尊重して寄り添っているのかという問題意識から、人生会議に力を入れ始めた。
家族から本人の「ナラティブ(人生の物語)」を聞く中で、「何を大切にして生きてきたのか」を聞き、最期は積極的な治療を望んでいないのではないかという対話を家族と何度も行っていくと、「最終的には三思園での看取りを選ぶ人が100%になった」という。
デスカフェは、特養としての新しい地域貢献の在り方を検討する中でその存在を知り、死をカジュアルに語ることが「地域に一番欠けていること」と捉え、普及に努めることにした。2019年2月からこれまでに計7回開催。入棺体験や「カフェデモンク」=用語解説=などを行った。大学生から高齢者まで約60人が参加。宗派の異なる僧侶3人が、「霊はいるのか」「戒名はなぜ必要か」といった質問に答えた。
こうした取り組みを通して三思園の丁寧な看取りが地域に知られるようになり、講演依頼も増えてきた。これまでに青森中央学院大学看護学部看護学科など17カ所で講演を行った。
三思園ではさらに、人生会議の普及・啓発のため、人生会議の疑似体験ができる独自の「どせばいい?カード」を開発。クラウドファンディングで目標を上回る217万円を獲得し、2022年9月に完成した。
すでに似たようなカードが数種類ある中で、あえて独自に作ったのは、青森の方言にすることで親しみがわき、深く考える効果が期待できるため。また、自分だけでなく大切な人の死も想定できるよう、カードの裏表を使って工夫した。当初は300セット作ったが、引き合いが多く100セット増産したという。高橋看護師長は、「カードゲームの体験依頼や人生会議の事例の問い合わせ、見学が多くなった。今後さらに人生会議の啓発・普及に努めたい」と話している。
三思園は人生会議の教育・研修を行った際、スタッフが臨床宗教師=用語解説=に悩みを聴いてもらう形で傾聴・共感の態度を学んだ。
医療・福祉職は、傾聴・共感の技術は教わるが、相手の思いや考えを評価する傾向が強く、相手の心を閉ざさせてしまうといわれている。一方、「臨床宗教師は、私たちの心の悩みのごみ箱だった」と高橋看護師長は称賛する。
「ただ傍らにいるだけで煩わしさを感じさせず、悩みなどを引き出して共感してくれる。気持ちが軽くなった」のだそうだ。
増加する単身世帯は、人とのつながりが希薄になるにつれ、自分の存在について悩むことが増える。傾聴・共感の訓練を受けた宗教者は、社会からさらに求められるようになる―と高橋看護師長はみている。
三思園では、やむを得ず葬送儀礼を簡略にせざるを得ない家族に対し、「施設葬・お別れ会」を行っている。特養で福祉的な葬儀を行っているのは先進的で、これもスピリチュアルケアの一環と言えるだろう。
【用語解説】人生会議
正式名称はアドバンス・ケア・プランニング(ACP)。主に終末期医療において希望する治療を受けるために、本人と家族、医療従事者らが事前に話し合って方針を共有すること。過度な延命治療を疑問視する声から考案された。
【用語解説】カフェデモンク(宗教全般)
2011(平成23)年の東日本大震災を機に始まった超宗派の宗教者による傾聴移動喫茶。コーヒーやスイーツを振る舞い、人々の心の声に耳を傾ける。曹洞宗通大寺(宮城県栗原市)の金田諦應住職が考案し、僧侶や修道士を意味する英語のモンク(monk)と文句、悶苦の語呂合わせで命名した。全国の災害被災地や緩和ケア病棟など14カ所に広がっている。
【用語解説】臨床宗教師(りんしょうしゅうきょうし=宗教全般)
被災者やがん患者らの悲嘆を和らげる宗教者の専門職。布教や勧誘を行わず傾聴を通じて相手の気持ちに寄り添う。2012年に東北大学大学院で養成が始まり、18年に一般社団法人日本臨床宗教師会の認定資格になった。認定者数は23年5月現在で212人。