2024年10月8日
※文化時報2024年8月9日号の掲載記事です。
真宗佛光寺派は1日、本山佛光寺(京都市下京区)で「僧伽(さんが)に学ぶ研修会」を開き、龍谷大学心理学部准教授の野呂靖(せい)氏が登壇した。野呂氏は38人を前に、「日本仏教における生と死~別離をどうとらえるか」と題して講演。鎌倉時代に生きた僧侶や歴史背景から、死の捉え方などについて語った。
野呂氏は華厳宗の明恵上人や浄土真宗の親鸞聖人が生きた鎌倉初期が、源平争乱の真っただ中だったと指摘。1181(治承4)年の南都焼き討ちでは東大寺や興福寺など奈良の大寺院が焼失し、人々は「末法」「法滅」の危機感の中で生きていたと説明した。
「当時の平均寿命は25歳。少子高齢化の平成・令和は『多死社会』と言われているが、今と比べ物にならないほどの別離が存在した」と伝えた。
その上で、父母を8歳の時に社会動乱で亡くした明恵上人にスポットを当て、いかに死を受け止め、別離を克服したかを解説。寝食を忘れるほどの仏道実践を基底に生きたことや、仏眼(ぶつげん)仏母如来に「母」としての姿を見いだしたエピソードなどを交え「釈尊不在の時代に、仏教の教えを通して釈尊や母の『現在性』を実感したのだろう」と話した。
また釈尊でも死は避けられないことが『涅槃(ねはん)経』で伝えられているように、仏教の死生観は諸行無常であると強調。自他の死は必然であり、受容できないのは執着のはたらきによるもので、そこに苦があると伝えた。
こうした話を踏まえて、野呂氏は「仏教、浄土真宗の教えには別れがあるが、必ず出会える。死者を思うことや念仏を通し、『いま・現在』を充実して生きることでこそ、道が開かれる」と語り掛けた。