2024年11月8日
※文化時報2024年9月10日号の掲載記事です。
東寺真言宗東光院(神奈川県大磯町)は「仏教図書館」「暮らしの保健室」「多世代食堂」「お寺葬」など地域向けの大胆な施策を次々と打ち出し、ここ10年で檀家数が350軒から600軒に増え、葬儀数はほぼ倍増した。約15年前に寺院改革を始めた大澤暁空(ぎょうくう)住職(39)と古井昇空(しょうくう)執事(44)は「人口約3万1千人の町民と共に生き、共に死んでいく覚悟。お寺が持つ本来の役割を果たしていく」と語る。(山根陽一)
東光院は大磯海水浴場に近く、潮風が吹き抜ける小さな寺だ。本堂の下には「海近寺巣(うみちかてらす)」と名付けたフリースペースを設け、生老病死にまつわる本約2500冊を並べた「仏教図書館」がある。近所の老若男女が好きな時に訪れ、それぞれの時間を過ごす。
ここで毎月2回行われているのが「安養―暮らしの保健室」だ。地域包括支援センター=用語解説=の医療・福祉職と東光院僧侶が連携し、昼にお茶、夜にはお酒を飲みながら、医療・介護・生活について気軽に相談してもらう。
「『働き方改革』ならぬ『生き方改革』が必要な時代。誰でもいつかは年を取り、認知症になる可能性がある。元気なうちから自分の体や心との付き合い方を知り、自分流の生き方を見つける手助けになれば」と、大澤住職は説く。
古井執事は「公的機関の人々は配置転換があるが、私たち僧侶は命ある限り、地域の人々に寄り添える」と語る。
昨年は境内で「多世代食堂おむすび」を始めた。近隣の農家や漁師の知り合いから新鮮な食材を仕入れ、「みんなで作って、食べて、片付ける」がコンセプト。孤食・個食の時代に、世代や境遇を超えた人々が集まって食事を楽しむ。併せて「うつ病家族のための茶話会」を開き、専門家を交えて相談会などを行っている。
東光院のもう一つの大きな特徴は、葬儀や墓地の運営だ。葬儀に葬儀社が関わることはなく、湯灌(ゆかん)、死に化粧、納棺、出棺、荼毘(だび)、収骨、会食や返礼品の手配まで、全てを東光院が行う。昨年は霊柩車(れいきゅうしゃ)も購入した。
参列者を通夜30人、葬儀20人と想定した場合での総費用は約30万円という破格の値段だ。戒名やお布施についても、院号の有無によって差は付けず、喪家に負担のない範囲でもらっているという。
大澤住職は「故人との別れの儀式で大切なのは、追悼する気持ちと、遺族が精いっぱい見送れたと思えること。金額や豪華さではない」と強調する。墓地については墓じまいを前提に運営。少子化・非婚化など考慮すると、家族による継承は困難だからだ。個々の家墓を合同墓へ移し、僧侶が守り続けるのが理想とみている。
古井執事は「利用者の負担を軽くするため、永代使用料は不要にした。墓地設計や墓石選定も僧侶が行うので、墓を建てる際の費用も石材店の半分ほどで済む。友人同士や趣味のグループなどによる共同墓地も可能だ」と説明する。
東光院で生まれた大澤住職は、将来僧侶になる決意をした上で東京工芸大学芸術学部に入学し、写真、編集、デザインの技術を習得した。
一方、兵庫県生まれの古井執事は、東京でIT系の事業を営んでいた。そんな2人が15年ほど前、大磯の地域活性化事業で出会い、意気投合。古井執事は得度し僧侶になった。
古井執事は母親が脳性まひで、障害者団体や介護や福祉職の人々と関わる機会が多かった。「果てしなく長い時間軸の中にあるお寺で、何か新しい人助けの形があるのではないか」と考えたという。
2人はまずお盆の棚経を廃止し、合同法要に転換。墓に関するアンケートを行い、過半数から「墓の維持や管理は無理」との回答を得たことで、本格的な寺院改革に乗り出した。
多くの真言宗寺院で営まれる護摩祈禱(きとう)を、東光院は行わない。「弘法大師が最も力を入れていたのは、人々を救うためのフィールドワーク。時代に応じ人生を導くのが寺院の務めだと思う」。大澤住職は力説した。
【用語解説】地域包括支援センター
介護や医療、保健、福祉などの側面から高齢者を支える「総合相談窓口」。保健師や社会福祉士、ケアマネジャーなどの専門職員が、介護や介護予防、保健福祉の各サービス、日常生活支援の相談に連携して応じる。設置主体は各市町村だが、大半は社会福祉法人や医療法人、民間企業などに委託し運営されている。