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「文化時報」コラム

〈86〉奈良の神様

2025年8月16日

※文化時報2025年5月30日号の掲載記事です。

 この3日間、奈良をぶらぶらしておりました。仕事は早々に片付け、1日3万歩。大勢の仏様や神様にご挨拶にうかがいました。

傾聴ーいのちの叫び

 白毫寺(びゃくごうじ)をお参りしたときのことです。前夜からの雨が上がり、爽やかに晴れ渡る空。遥(はる)かに見下ろす奈良の街並みをなでてきた風に、汗が乾きます。

 ひと息ついてから、長い石段を下りはじめたとき、石段から続く道の上に白い日傘が小さく見えました。目をやるたびに、だんだんと大きくなります。きっと、参拝の方でしょう。静かに座していた仏様を思い出し、うれしいような、ホッとするような。

 石段を下りきったとき、日傘もちょうどそこへ着いたところでした。「こんな坂道だったかしらね。ああ、しんどい」。日傘の下から笑顔が覗(のぞ)きます。たしかに、まっすぐに続く道は、白毫寺の石段に向かってゆるやかに上っています。「20年前に来たときは飛んで歩いていたのに。84にもなると、もうだましだましですよ」

 奈良が大好きで、年に2度は訪れていること。今回は1週間滞在すること。2年前にご主人を見送ってからは、自由に過ごしていること。「いつもひとり。そのほうがいいの。ぜんぶ、自分の好きなようにできるから」「空元気も元気のうちよ」と、すがすがしい笑顔です。

 しばらく立ち話をしたあと、ふと真顔になると「あなた、還暦なんて私からしたら鼻クソみたいなものよ。でも、これからは早いわよ。だから、もっともっと好きなことおやんなさい。ためらわず、遠慮せず、思いきりおやんなさい」。鼻クソですかと、ひと笑い。

 「ごめんなさいね、足を止めさせちゃって」。長い石段を見上げ、ふうっとひとつ息を吐くと、日傘は静かにまた動きはじめました。

 歩きながら何度も何度も振り返りました。ゆらゆらと石段を上っていく日傘がだんだん小さくなります。そして、やがて樹々の緑の中へ、すっと吸い込まれていきました。

 やっぱり奈良です。生き神様もいらっしゃいます。

 

 

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