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「文化時報」コラム

〈110〉起工式に思うこと

2025年11月16日

※文化時報2025年9月9日号の掲載記事です。

 大阪市平野区の聞法道場・安住荘の建て替えを行います。先日、起工式を仏式で執り行いました。

 施工会社は神式の地鎮祭には慣れているでしょうが、仏式には少し戸惑っていたようです。町会関係者も参列してくださいました。紅白の幕を張った祝いの席でお焼香をするのに違和感があったようです。

福祉仏教の現場から

 一般的な地鎮祭は土地の神様へのごあいさつと工事の安全を願った儀式だと思います。私どもは福祉施設を併設した聞法道場の建設にあたり、仏徳を賛嘆し地域の皆さまにその旨をお知らせする儀式を行いました。似ているようですが、やはり少し意味合いは違うでしょう。それを工事関係者や地域のみなさまにお伝えしたかったのです。

 1年後に竣工した際には内覧会を通じて再び同じことを伝えていこうと思います。

 「聞法、勤行、物忌みしないが三心である」とある法話会で聞いたことがあります。浄土真宗でいう三心は「至誠心、深心、回向発願心」ですが、言葉としては難しいですね。だから相手に伝わるように言い換えをしたようです。うまい表現だなと思いました。

 さて、けがや病気になるのは理由があります。それを「先祖供養が足りないからだ」というように話をすり替えてしまわないように注意したいものです。医師の診断を患者や家族がしっかり受けとめられるように、医療と連携しながらサポートするのが私の仕事であり、それが布教だと思います。

 親しい知人が交通事故に遭いました。その知人は日ごろから「私には宗教は必要ない」と言っておりました。しかし、けがこそ軽かったものの廃車になるほど激しい事故に巻き込まれてしまいました。

 その知人はお祓(はら)いをしてもらいにいきました。それで気が鎮(しず)まるなら良いでしょうが、ますます違った原因を探すようにならないかと心配になっています。物忌みしないは正しく判断するにつながっています。

 私どもは聞法し、勤行し、物忌みしないで福祉事業をしています。法人内外に伝えていくために儀式は大事な場となります。

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