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「文化時報」コラム

⑪リセットとリスタート

2022年11月19日

※文化時報2022年1月21日号の掲載記事です。

 2022年の仕事初めは1月6日。事件から42年もの間無実を叫び続けてきた、大崎事件の原口アヤ子さんに、今年こそ再審無罪の「春」を届けようと、東京で開催された集会で講演した。折しもこの日の首都圏は大雪だったが、会場は雪をも溶かす熱気に包まれていた。

ヒューマニズム宣言サムネイル

 2日後の1月8日に発売された岩波書店の月刊誌『世界』に「再審制度の改革はなぜ必要なのか」と題する10ページの論考を寄せた。誤った裁判で有罪とされた無実の人を救済する、唯一にして最終の手段であるわが国の再審制度が、諸外国から取り残されて「ガラパゴス化」していることを浮き彫りにしつつ、再審法改正の必要性を市民に向けて発信した。 

 今年95歳になるアヤ子さんの命あるうちに何としても再審無罪のゴールに到達したい。ここ1年余り、コロナ禍で停滞した再審法改正運動を今年こそ前進させたい―。年明けから、そうした思いに突き動かされている。でも、私にとって2022年は、別の意味でも「特別な年」である。

 1962年の寅(とら)年生まれの私は今年、還暦を迎える。 

 12年ごとの寅年を、さまざまな場所、さまざまな状況で迎えてきた。12歳の寅年は鎌倉の小学校6年生。ピアノと本が好きで、ちょっと生意気な女の子だった。24歳の寅年は東京の大学を卒業後、ひとり鹿児島にこもって司法試験の受験勉強にいそしむ「司法浪人」だった。

 36歳の寅年は息子の小学校入学に目を細める母親だった。48歳の寅年は、弁護士6年目。独立開業して法律事務所を設立し、一国一城の主となった。この年、大崎事件は第2次再審がスタートした。

 時は流れ、手弁当で大崎事件の再審弁護にのめり込むあまり経営が悪化した私の事務所は、開業から11年で幕を閉じた。事務長として事務所を支えた夫もこの世を去り、終の棲家として購入した鹿児島の自宅も売りに出した。

 それなのに、私の心はいま、不思議なほど晴れ晴れとしている。

 「還暦」とは、十干と干支(十二支)の組み合わせが60年で一巡することから、「元の暦に還る」という意味である。新しい土地で、新しい縁えにしに支えられ、新たな一歩を踏み出した私にとって、2022年はこれまでの人生をリセットしてリスタートする、始まりの年なのだ。

 厳しい闘いの日々、しかしどこかでワクワクした気持ちでいる自分がいる。

【用語解説】大崎事件

 1979(昭和54)年10月、鹿児島県大崎町で男性の遺体が自宅横の牛小屋で見つかり、義姉の原口アヤ子さん(当時52)と元夫ら3人が逮捕・起訴された。原口さん以外の3人には知的障害があり、起訴内容を認めて懲役1~8年の判決が確定。原口さんは一貫して無実を訴えたが、81年に懲役10年が確定し、服役した。出所後の95年に再審請求し、第1次請求・第3次請求で計3回、再審開始が認められたものの、検察側が不服を申し立て、福岡高裁宮崎支部(第1次)と最高裁(第3次)で取り消された。2020年3月に第4次再審請求を行い、鹿児島地裁は22年6月に請求を棄却。弁護団は即時抗告し、審理は福岡高裁宮崎支部に移った。

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