2025年12月22日
※文化時報2025年10月28日号の掲載記事です。
ついにわが国で女性首相が誕生しました。是非はともかく何かが大きく変わっていきそうな政局です。

程度の差はあれど人間は変化を恐れるものではないでしょうか? だからなのか、仏教は諸行無常を説いています。仏教だから諸行無常なのではなく、森羅万象が常に変化しているという真理をわざわざ説いています。それに抗(あらが)おうとする元が煩悩でありましょう。
前回の小欄で「生まれたら死ぬ」という自然の摂理を受け入れることができず、医療者を困らせる患者や家族がいる話を書きました。「老いて、病んで、死んでいく」と伝える者がいたら、医療者の苦労が少しは軽くなるでしょう。その役目は僧侶にうってつけというのが小欄の根底にあります。
ある高齢女性の人生が終わりに近づいているという情報が流れてきました。介護施設内で最期までお過ごしになるという意志を関係者が共有するための伝達です。僧侶の私もお見送りの準備をしておかねばなりません。
こういう話を書くと「不謹慎だ」とか「縁起でもない」と言われるかもしれません。しかし、それは第三者の思いであって、当のご本人がそれを知っても気を悪くすることはないでしょう。それくらいの信頼関係はあります。むしろ眉をひそめる第三者にこそ「死を忌み嫌うのもたいがいにしなさい」と伝える必要があります。
看護や介護の事業所には女性経営者も多くいます。そして一様に「女性だと軽く見られる」と口にします。女性首相誕生の報道にも微妙にそんな空気を感じています。気にしすぎなのでしょうか? これからいろいろなことが急速に変化していくでしょう。「そんなに急いだらついていけないよ」というのは正論でしょうか? あるいは変化を恐れる煩悩の仕業なのでしょうか?
外国の首脳が新首相にどう接してくるのか注目してみたいと思います。そして、少なくとも女性経営者が「軽く見られる」と感じることがなくなる世になることを期待しています。