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「文化時報」コラム

〈97〉クリスマス

2026年1月20日 | 2026年1月21日更新

※文化時報2025年11月21日号の掲載記事です。

 街中のあちこちにポインセチアの赤が目立つようになってきました。スーパーのBGMに鈴の音が混じるこの時期になると、昔、ある患者さんがボソリとつぶやいた言葉が、意識の底からゆらりと浮き上がってきます。

傾聴ーいのちの叫び

 「クリスマスも正月も誕生日も、みんな生きていく人間が考えたこと。死んで逝く人間が楽しめるものじゃない」

 その言葉にハッとして目をあげると、病室の壁は、看護師が飾り付けた雪玉やらトナカイやらの切り絵でにぎやかで、テレビの脇にはサンタが笑いながら大きく手を振っているカードが貼り付けてありました。

 この風景が、この人の目にはどう映っているのだろう。

 赤く染まった街並みと、鈴の音の混じるBGMにふわりと浮き立っていた心が、一瞬にして固まり、「わあ、もうクリスマスですか!早いですねえ。きっとあっという間にお正月ですよね!」と、うっかり喉まで出かかった言葉を、慌ててごくりと飲み込みました。

 私には、あっという間に過ぎてゆく時間の向こうにあるクリスマス。超えるに超えられない鉄壁に阻まれている、彼のクリスマス。

 でも、私だって本当は、その〝絶対に来るクリスマス〟を、根拠もなく信じ込んでいるだけなのです。ただ、安穏と信じ切っているだけです。これを私は「無垢のスピリチュアリティ」と名付けましょう。素手で明日を信じている、人間の愛おしい愚かさです。

 死を目の当たりにした彼は、もう無垢ではいられず、苦しみを抱えました。でも、それでも、信じることができる何かを見つけることができたら…。泥を呑み、苦にまみれ、涙に沈んだ底の底から、自らの中に見いだすもう決して奪われることのない、信じられる何か。それを私は、苦しみの中から花開く「苦華のスピリチュアリティ」と名付けたいと思います。

 その〝苦華〟を胸に抱けたとき、彼の前に立ちはだかる鉄壁は、静かに溶けていくのではないか―。そんな思いがしてならないのです。

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