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「文化時報」コラム

⑰しなやかに揺れる柳

2023年1月23日

※文化時報2022年4月15日号の掲載記事です。

 このコラムに「姉と弟」のタイトルで紹介した(2月18日号、3月4日号)袴田事件の早期再審無罪を求める院内集会が3月29日、衆議院第一議員会館で開催された。メイン企画は「検察官の正義とは」と題する村木厚子さんと私の対談だった。

ヒューマニズム宣言サムネイル

 厚生労働省の局長だった村木さんは、いわゆる「郵便不正事件」で、部下の虚偽供述によって証明書の偽造を指示した疑いで大阪地検特捜部に逮捕・起訴された。身体拘束は164日間にも及び、家族と会えない孤独な日々の中で、村木さんは、身に覚えのない犯行ストーリーを押し付けて自白を迫る検察官と闘い続けた。

 村木さんは対談で、検察官の取り調べの実情、村木さんを巻き込んだ部下から押収したフロッピーディスクを検察官がこっそり本人に返却した上で、村木さんには「(フロッピーディスクは)存在しない」と噓をついていたことなどを赤裸々に語った。後に、このフロッピーディスクは、検察官により文書の作成日付が改竄(かいざん)されていたことが発覚し、検察官3人が証拠隠滅罪で起訴され有罪となった。

 取り調べを担当した検察官は、村木さんに「執行猶予が付けば大した罪じゃないじゃないですか」と自白を迫った。しかし、村木さんにとって、刑の重さなどさしたる問題ではなかった。偽の障害者団体の金儲もうけの片棒を担いだ、などということは、それまでの自身のキャリアとプライドに照らし、絶対に認められない所業だった。

 村木さんは「恋に狂って誰かを刺したって言われた方がよっぽどマシだ」「検事さんたちの感覚は狂ってる」と泣いて訴えたという。

 村木さんは終始穏やかな口調で、自らを冤罪(えんざい)に陥れた検察の姿勢を批判するときも、声を荒げることはなかった。すぐにテンションが上がり「スイッチが入る」私とは対照的だが、その穏やかな話しぶりによって、かえって過酷な体験が説得力をもって聴く者に迫った。

 無罪判決を受けた後、村木さんは厚生労働省に復職し、キャリア官僚のトップである事務次官まで上り詰めた。そして退官後、貧困や虐待などのために帰る場所のない若い女性たちの居場所づくりを行う「若草プロジェクト」を立ち上げた。同じ拘置所に収容されていた、社会に行き場がないために犯罪に手を染めざるを得なかった女性たちの存在を知ったことがきっかけだった。

 自らが無実の罪で過酷な取り調べを受けているさなかでもなお、村木さんのまなざしは、弱者に注がれていた。しなやかに揺れる柳の枝は雪の重さを跳ね返し、春の芽吹きを待つ。その姿が村木さんと重なった。

【用語解説】大崎事件

 1979(昭和54)年10月、鹿児島県大崎町で男性の遺体が自宅横の牛小屋で見つかり、義姉の原口アヤ子さん(当時52)と元夫ら3人が逮捕・起訴された。原口さん以外の3人には知的障害があり、起訴内容を認めて懲役1~8年の判決が確定。原口さんは一貫して無実を訴えたが、81年に懲役10年が確定し、服役した。出所後の95年に再審請求し、第1次請求・第3次請求で計3回、再審開始が認められたものの、検察側が不服を申し立て、福岡高裁宮崎支部(第1次)と最高裁(第3次)で取り消された。2020年3月に第4次再審請求を行い、鹿児島地裁は22年6月に請求を棄却。弁護団は即時抗告し、審理は福岡高裁宮崎支部に移った。

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