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「文化時報」コラム

①人間へのまなざし

2022年9月1日

※文化時報2021年8月5日号の掲載記事です。

 無実の罪で10年間服役した後、自らの汚名を晴らすために裁判のやり直しを求める94歳の原口アヤ子さんのために無罪判決を勝ち取りたい。私の弁護士人生は、そのすべてが大崎事件という再審事件の弁護活動とともにある。

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 4度目の再審請求で、「アヤ子らが、飲んだくれで一族の厄介者だった義弟・四郎(仮名)に日頃の恨みが募って殺した」とした確定判決を否定する鑑定結果を出したのは、救命救急医の澤野誠・埼玉医科大学教授だった。四郎さんは酔っぱらって側溝に転落して重傷を負っていたのに、それを知らず、いつものように飲んだくれて道路に寝ていると勘違いした近隣住民が、親切心で彼を迎えに行き自宅まで送り届けたが、重篤な状態だった四郎さんを軽トラックの荷台に放り込んでしまったために、不幸にもそこで事切れてしまった可能性が高い―と鑑定したのだ。

 澤野教授は専門医の立場で、科学的に四郎さんの死因と死亡時期を特定したのだが、あるとき私たち弁護人にこう話した。

 「四郎さんは、一族に必ず一人はいる典型的な『ダメ人間』なんですよ。昼間っから飲んだくれて道路で寝ちゃったり、周りに迷惑を掛けたりするけど、どこか憎めなくて、皆チッと舌打ちして『しょーがないなぁ』とか言いながら面倒を見てしまう。間違っても恨まれて殺されるような人じゃないんです。それなのに『殺人事件の被害者』なんかにしてしまったら、四郎さん、あの世で浮かばれないですよ」

 「ダメ人間」という表現には、澤野教授の愛情があふれていた。私たちは無実を叫ぶアヤ子さんに寄り添う一方で、42歳の若さで命尽き堆肥に埋められた状態で発見された四郎さんの人生に思いを致していただろうか。はっとさせられた。

 「飲んだくれ」に注がれた慈愛のまなざし。それは、母方の家系が代々能楽師という澤野教授に流れる血筋―人間に対する洞察力―のなせる業だったのかもしれない。

 アヤ子さんの冤罪(えんざい)を晴らすことは、四郎さんを成仏させ、すでに多くが故人となったこの一族の子孫たちに心の平穏をもたらすことでもある。

 なぜなら、一族のなかには「加害者」も「被害者」もいなかったのだから。

【用語解説】大崎事件

 1979(昭和54)年10月、鹿児島県大崎町で男性の遺体が自宅横の牛小屋で見つかり、義姉の原口アヤ子さん(当時52)と元夫ら3人が逮捕・起訴された。原口さん以外の3人には知的障害があり、起訴内容を認めて懲役1~8年の判決が確定。原口さんは一貫して無実を訴えたが、81年に懲役10年が確定し、服役した。出所後の95年に再審請求し、第1次請求・第3次請求で計3回、再審開始が認められたものの、検察側が不服を申し立て、福岡高裁宮崎支部(第1次)と最高裁(第3次)で取り消された。2020年3月に第4次再審請求を行い、鹿児島地裁は22年6月に請求を棄却。弁護団は即時抗告し、審理は福岡高裁宮崎支部に移った。

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