2023年3月28日 | 2024年8月28日更新
※文化時報2022年9月30日号の掲載記事です。
子どもの頃から、自分の思い通りに事が運び、気分が高揚し、思わず誰かに自慢してしまった後に、必ず大きな失敗をしたり、人に迷惑をかけたりする事態に直面し、自己嫌悪に陥る―というサイクルを繰り返してきた。
大人になっても、年齢を重ねても、やはり成功体験や達成感で満ち足りた気持ちになると、ついつい慢心して、またしても同じ落とし穴にはまってしまう。
いつしか私は、いいことが続いたとき、心の中で「調子こくなよ」とつぶやくようになっていた。順風満帆に出世街道を進んでいる同僚をねたんで、陰で「あいつ、調子こいてる」などと揶揄(やゆ)するときに使うような、ぞんざいな表現だが、心の中でつぶやくので、誰にも聞かれないから、あえてこの言葉を自分にぶつけるのだ。
こうやって、成功体験の後も調子に乗りすぎないよう、自分にブレーキをかけてきたつもりだったが、この夏、久しぶりに「やらかして」しまった。8月19日、私は日弁連にこのほど設置された「再審法改正実現本部」の本部長代行という肩書を背負って理事会に出席した。理事会とは、全弁護士が加入している日弁連という団体の最高意思決定機関である。全国各地の弁護士会の会長など70人余りの理事が一堂に会している。
無実なのに間違った裁判で有罪になり、人生をめちゃくちゃにされた冤罪(えんざい)被害者を救う最後にして唯一の手段である再審。しかし、それを実現するための手続きを定めた法律は旧態依然としていてあまりに心もとない。このような法制度の下で、何十年たっても冤罪被害者が救済されない現実を知ってほしい。これはもはや人道問題である。全国の弁護士会で、再審法の改正に向けて協力をお願いしたい―と熱弁を振るった。
弁護士といえども、再審に取り組んでいるのはごく一握りだ。居並ぶ理事たちがどのような反応を示すか…。そう懸念した瞬間、期せずして議場から拍手が湧き起こった。日弁連で再審法改正を訴え続けて9年余り、ようやくここまで来たという感慨で胸がいっぱいになり、私は肩で風を切るようにして議場を後にした。
40度の高熱を発し、急性腎盂(じんう)腎炎で入院、本紙の連載に2回も穴をあける大失態を演じたのはその直後である。どんなに忙しくても、健康管理がきちんとできないのは社会人失格である。まして、還暦目前である。
退院の4日後、還暦を迎えた私は心の声のボリュームを最大にして叫んだ。
「調子こくなよ」
【用語解説】大崎事件
1979(昭和54)年10 月、鹿児島県大崎町で男性の遺体が自宅横の牛小屋で見つかり、義姉の原口アヤ子さん(当時52)と元夫ら3人が逮捕・起訴された。原口さん以外の3人には知的障害があり、起訴内容を認めて懲役1~8年の判決が確定。原口さんは一貫して無実を訴えたが、81年に懲役10年が確定し、服役した。出所後の95年に再審請求し、第1次請求・第3次請求で計3回、再審開始が認められたものの、検察側が不服を申し立て、福岡高裁宮崎支部(第1次)と最高裁(第3次)で取り消された。2020年3月に第4次再審請求を行い、鹿児島地裁で審理が行われている。