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「文化時報」コラム

㊸「まだ最高裁がある」

2023年9月7日

※文化時報2023年6月23日号の掲載記事です。

 「おっかさん、まだ最高裁判所があるんだ。まだ最高裁があるんだ」―。

ヒューマニズム宣言サムネイル

 この台詞(せりふ)がラストシーンで叫ばれる映画をご存じだろうか。1951(昭和26)年に山口県で起こった実際の強盗殺人事件、「八海(やかい)事件」をベースにした『真昼の暗黒』(今井正監督、56年)である。数多くの黒澤作品の脚本で知られる橋本忍がシナリオを書き、『ゴジラ』の音楽で世界にその名をとどろかせた伊福部昭が映画音楽を担当した。当時の主要映画賞を総なめにした作品である。

 八海事件の真相は、青年Xが老夫婦を殺害し、金品を奪ったという単独犯であり、逮捕されたXは当初その通りの自白をしていた。ところが、複数犯による犯行だと見立てた警察が、「共犯者がいるだろう」とXを執拗(しつよう)に追及した。過酷な取り調べに屈したXは、自分のほかに共犯者がいるという自白に転じ、この自白によって4人の若者が逮捕された。

 「共犯者」たちはそれぞれが激しい拷問を受け、やってもいない犯行を自白して全員が起訴された。

 4人は法廷で無実を訴え続けたが、1審の山口地裁岩国支部で有罪、控訴審の広島高裁でも有罪とされ、最高裁に上告した。映画のラストシーンは、このとき高裁で死刑判決を受けた主人公が、面会に来た母親に向かってくだんの台詞を叫んだ場面として描かれている。

 実際の裁判はその後、衝撃的な展開をたどる。最高裁(第三小法廷)は有罪判決を破棄、差し戻された広島高裁で無罪判決が出たが、これに検察官が上告すると、今度は最高裁(第一小法廷)が無罪判決を破棄してしまった。再度の差し戻しで広島高裁から逆転有罪判決を受けた4人が上告し、3度目の上告審で、68年、最高裁(第二小法廷)は有罪判決を破棄し、自ら無罪判決を言い渡した。

 事件から17年後の無罪確定だった。

 映画で主人公が叫んだ通り、最高裁は八海事件の最後の最後に、「人権救済の最後の砦(とりで)」として、無実の4人を救ったのである。

 八海事件の無罪判決は、犯人が自らの刑を軽くするために、無実の「共犯者」を引っ張り込む危険があることから、「共犯者の自白」は安易に信用してはならないと警鐘を鳴らした。

 その半世紀後、同じ最高裁が、知的ハンデのある「供述弱者」による「共犯者の自白」の信用性を、理由も述べずに肯定し、地裁と高裁が重ねた大崎事件(第3次)の再審開始決定を取り消した。第4次の地裁も、この6月5日に決定を出した高裁も、その最高裁の判断に追従し、再審を認めなかった。

 大崎事件第4次再審の審理は、最高裁に移った。八海事件の3度目の上告審のように、過去の過ちを自ら正すことができるか。今、最高裁の真価が問われている。

 

【用語解説】大崎事件

 1979(昭和54)年10 月、鹿児島県大崎町で男性の遺体が自宅横の牛小屋で見つかり、義姉の原口アヤ子さん(当時52)と元夫ら3人が逮捕・起訴された。原口さん以外の3人には知的障害があり、起訴内容を認めて懲役1~8年の判決が確定。原口さんは一貫して無実を訴えたが、81年に懲役10年が確定し、服役した。出所後の95年に再審請求し、第1次請求・第3次請求で計3回、再審開始が認められたものの、検察側が不服を申し立て、福岡高裁宮崎支部(第1次)と最高裁(第3次)で取り消された。2020年3月に第4次再審請求を行い、鹿児島地裁で審理が行われている。

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