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「文化時報」コラム

㊻出張帰りの「濡れ衣」

2023年10月20日

※文化時報2023年8月4日号の掲載記事です。

 7月16日、長野県諏訪市を訪れた。盆地とはいえ標高750メートルの高地ゆえか、照りつける日差しは強烈だ。一方で、湿度を含まない風は頬に心地良かった。

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 招かれたのは、現在第2次再審請求を準備中である「特急あずさ35号窃盗冤罪(えんざい)事件」の支援者主催の学習会。再審法改正の必要性について講演を依頼された。

 この事件は、当時諏訪市の職員だったYさんが、国会への陳情の帰りに乗った特急あずさ35号車内で、座席に置かれたトートバッグから財布を抜き取ったという、置き引きの濡れ衣(ぎぬ)を着せられたというものである。物的証拠は何もなく、ホームにいた「被害者」とその交際相手の目撃供述しかない。

 1審の東京簡裁は、「被害者」がホームから窓越しに列車内の犯行状況を目撃することができたかについて、裁判官が新宿駅で自ら検証を行うなどした結果、目撃証言には疑いがあると認定し、Yさんに無罪判決を言い渡した。

 しかし、控訴審の東京高裁は「被害者が見ず知らずの人を陥れるはずがない」から、目撃証言は信用できるとして逆転有罪判決を下し、最高裁での上告も棄却されて有罪が確定した。

 くだんの目撃証言を工学的に分析した鑑定書や、当時の状況を目撃していた第三者の新供述などを新証拠として行った第1次再審請求も棄却された。

 この再審請求審では検察官、弁護人、裁判官の法曹三者による進行協議期日は開かれず、鑑定を行った専門家や新供述を行った第三者の証人尋問も行われていない。多くの再審事件で、再審段階で初めて開示された証拠が再審開始や再審無罪の決め手となっているのに、この事件を審理した裁判所は証拠開示にも全く消極的だったという。審理の充実度が、当たった裁判官次第という「再審格差」の悪弊が再審を阻んだといえよう。

 この事件は、殺人や放火といった重大犯罪でなく、誰もが巻き込まれる可能性のある冤罪でありながら、ひとたび有罪が確定すると、雪冤に膨大な時間とエネルギーを要することを象徴している。まさに、再審法改正の必要性を「わがこと」として捉えてもらうことのできる実例だ。

 登壇して驚いたのは、支援者たちの熱量である。120人収容の会場に150人が詰めかけ、立ち見が出るほどの大盛会だった。事件当時の「上司」だった諏訪市長、そして、事件の起きた日にYさんと共に陳情に赴いていたという現市長も、会場で支援のあいさつに立った。諏訪市を挙げてYさんを応援している状況に胸が熱くなった。

 個別事件の救済と再審法改正が「車の両輪」であることを、改めて実感した信州での一日だった。

【用語解説】大崎事件

 1979(昭和54)年10 月、鹿児島県大崎町で男性の遺体が自宅横の牛小屋で見つかり、義姉の原口アヤ子さん(当時52)と元夫ら3人が逮捕・起訴された。原口さん以外の3人には知的障害があり、起訴内容を認めて懲役1~8年の判決が確定。原口さんは一貫して無実を訴えたが、81年に懲役10年が確定し、服役した。出所後の95年に再審請求し、第1次請求・第3次請求で計3回、再審開始が認められたものの、検察側が不服を申し立て、福岡高裁宮崎支部(第1次)と最高裁(第3次)で取り消された。2020年3月に第4次再審請求を行い、鹿児島地裁は22年6月に請求を棄却。福岡高裁宮崎支部も23年6月5日、再審を認めない決定を出した。

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