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インタビュー

橋渡しインタビュー

高次脳機能障害になり、施設経営へ 鈴木健士さん

2025年8月3日 | 2025年9月1日更新

 札幌市の鈴木健士さん(40)は2019年10月に不慮の事故に遭い、後遺症で高次脳機能障害になった。仕事を続けられなくなり、就労継続支援B型事業所=用語解説=とA型事業所に通所した。今は利用者ではなく支援者になりたいと、来年以降に自ら事業所を開設する準備をしている。

 高次脳機能障害では、病気や事故により脳の一部が損傷を受けることで、記憶力や思考力、注意力、言語機能などに障害が生じる。日常生活や仕事に支障が出ても、周囲には気付かれにくい。「見た目では分からないけど、生活は一変しました」と、鈴木さんは語る。

画像1 鈴木健士さん
鈴木健士さん

周囲に理解を得られないつらさ

 鈴木さんは1985(昭和60)年5月、北海道滝川市生まれ。自衛官として働きながら、20代はラッパーとしてデビューを目指していた。退官後、土木作業員やパチンコ店の店員などさまざまな職種を経験し、コールセンターで7年間働いた。

 大の日本酒好きでもあり、趣味の集まりを毎月開催。初心者におすすめの日本酒をセレクトし、集まった人たちに手作りの料理を振る舞うことを生きがいにしている。

 鈴木さんの生活が一変したのは、約5年前。夜、道路を横断しようとしたところ、時速60キロで走ってきた前方不注意のタクシーにはねられた。事故では脳挫傷や後頭部挫傷などを負い、左肋骨骨折では手術を3回受けた。

画像2日本酒会 日本酒会は9年目を迎えたという(後列左が鈴木さん)
日本酒会は9年目を迎えたという(後列左が鈴木さん)

 事故後は体調だけでなく、社会生活に困難が生じた。マニュアルを読んでも新しい仕事が頭に入らず、覚えられない。上司から「以前はできたのに」と責められたが、努力だけではどうにもならず、退職を余儀なくされた。

診断受け、福祉サービスへ

 事故から半年後、高次脳機能障害と診断された。性格も変わり、以前は人前で怒ることはほとんどなかったが、怒りっぽくなってしまった。鍵のかけ忘れなどが増え、かつて楽しんでいた日本酒でさえ、おいしく感じなくなってしまった。

 時間が経過するほど、事故前の自分に戻れないことを痛感し、今後の生活に不安を感じた。父親に状況を話したが「それは甘えだ」と理解されず、激しい言い争いになってしまった。以降、親子関係は修復できずにいる。

 そんな折、知人から開設したばかりのB型事業所への通所を進められた。障害者が体調や能力に応じて軽作業を行い、工賃を受け取る福祉サービスだ。鈴木さんが初めて知る福祉の世界だった。

 利用者として農作業を行いながら、他の利用者たちのことを気遣うようになっていった。

支援の現場で働きたい

 鈴木さんは日々の作業で利用者との距離が縮まる一方、トラブルを起こしがちな利用者とは険悪になることもあった。その際、職員が仲裁に入り、鈴木さんの気持ちに寄り添ってくれたことで、福祉に興味を持つようになった。

 鈴木さんは事業所の仕組みや資金の工面についても関心を持ち、管理者に質問するなどした。利用者募集にも協力し、見学に来る人たちに笑顔で話しかけ、仲間を増やした。すでにこの頃から「自分でB型事業所を立ち上げたい」と夢を持つようになっていた。

 だが、次第に「自分は都合よく動ける存在だと思われているのではないか」と感じるようになり、疲弊していった。環境を変えるため、札幌市内でA型事業所を運営するNPO法人「畑とキッチン」へ移った。

 A型事業所は雇用契約を結ぶため、一般就労に近い仕組みだ。畑とキッチンでは、種から野菜を育て、収穫するとマルシェなどで販売。トマトジュースなど加工食品も作っている。

 しかし鈴木さんはたびたび、他の利用者の行動や発言が気になった。利用者は障害特性や社会経験の少なさから、気分に左右されて仕事に向かうことがある。そうした様子を見ると、「仕事に対する意識が低い。これでは社会で通用しない」と、思わず声を荒らげることもあった。

画像3野菜 利用者たちと大根を収穫する(前列右が鈴木さん)
利用者たちと大根を収穫する(前列右が鈴木さん)

 そんな鈴木さんに、管理者の女性は正面から向き合い、障害特性について丁寧に教えてくれた。膝を突き合わせて話し合ったことで、少しずつ障害について学ぶことができた。

 管理者はB型事業所への夢や思いを後押しし、指導員研修や職員会議への参加を認めてくれた。両親との関係が難しくなった鈴木さんにとって、この管理者は「札幌の母だと思っている」という。

社会の一員として、生きる喜びを

 昨年、事故に関する裁判が終わった。加害者側との間で示談が成立し、金銭補償を受けた。高次脳機能障害になったことで、仕事を失って生活できなくなった現実と向き合い、生きていくためにも、訴訟を起こしていた。

 受け取ったお金は全てB型事業所を開設する資金にあてるという。「信用を得ないといけないので、まずは社会人として働きたい」と話す。

 構想では、カフェ&バーの飲食を主体にした事業所を立ち上げ、利用者はパティシエやシェフ、ウェーターとなり、それぞれが役割を持って活躍する場にしたいという。

画像4アイキャッチ兼用経験糧に A 型事業所で過ごした経験を糧に
A 型事業所で過ごした経験を糧に

 「自分のように、支援者からどこか見下されているような経験をしてほしくない。何者かになれる喜びを感じてもらいたい」。孤独や葛藤を抱える人たちの居場所をつくりたいという鈴木さんの思いは熱い。

 事故で失ったものはたしかに大きかったが、福祉を通して新しい仲間との出会いがあった。当事者目線で物事を考えてきた経験は、これから関わる人たちの気持ちを救っていくだろう。

【用語解説】就労継続支援B型事業所

 一般企業で働くことが難しい障害者が、軽作業などを通じた就労の機会や訓練を受けられる福祉事業所。障害者総合支援法に基づいている。工賃が支払われるが、雇用契約を結ばないため、最低賃金は適用されない。

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