2025年10月18日
一般社団法人フェアリーエンターテイメント代表理事の吉川莉奈さん(30)は、東京都小平市を拠点に、障害のある子もない子も一緒に習えるダンス教室を主宰している。2019(平成31)年から開始し、24年に法人化した。吉川さん自身に重度障害者の2人の妹がおり、姉としてダンサーとして、「福祉×エンターテイメント」をテーマに活動している。(飯塚まりな)
公民館の一室に、壁一面にダンスミラーが設置された部屋がある。扉を開けると、軽快なリズムの音楽が流れており、ダンスチーム「フェアリー」のメンバー10人ほどがウオーミングアップを行っていた。年齢は7歳から20代までと幅広い。
その後ろで車いすに乗り、顔をゆっくり動かす女性がいた。「私の妹です」と吉川さん。生まれつき目が見えず、話すことも難しいが、音楽が大好きだという。
普段はダンス講師をしている吉川さんだが、ここ数カ月で大きな変化があった。

今年5月、吉川さんは音楽を通して持続可能な開発目標(SDGs)=用語解説=を推進する団体「Music for SDGs(Produced by Mack Okubo)」の推薦を受けて、米ニューヨークの国連本部で会合に参加した。
さらにニューヨークで開催された「Disability Unite Got Talent Artist Contest 2025」に入賞。世界中から多様なアーティストが集まる国際大会で、障害の有無に関わらず、子どもや大人が社会参加できる活動が高く評価された。
元々は大手テーマパークでダンサーをしていた吉川さん。障害のある子どもたちと向き合った背景には、家族関係がある。
吉川さんは5人姉妹の長女。小学1年のときに三つ子の妹が生まれたが、そのうち1人は出産後に亡くなり、2人の妹には障害があった。

妹ができたことは喜んだが、家族で気軽に外出するのが難しくなった。我慢することが増え、他の家族との違いを感じるようになった。
それでも、よさこいグループに家族で参加するなど、大好きな踊りを楽しんだ。
14歳のときには、さらに下の妹が生まれた。年に数回訪れるテーマパークは、一家にとって最大の楽しみとなり、吉川さんは次第にダンサーに憧れるようになった。母親の応援を受け、高校のパフォーマンス科で厳しいレッスンを乗り越えて、専門学校卒業後には夢だったテーマパークダンサーの道へと進んだ。
ダンス教室を始めたのは、「障害の有無に関係なく楽しめる場所があれば」という母の言葉だった。障害のある子の親なら、同じ思いを抱えている人がいるはずだ。吉川さんは自身の経験を生かし、ダンス教室を立ち上げた。
実際には、障害のある子とない子のきょうだいで通う子どもが多く、保護者からは「安心して通える教室が見つかった」と喜びの声が聞かれた。
「私の仕事は、障害のある子を育てるお母さんたちの声から始まっています。悩みを解決しようと動いたら、今の形になりました」。現在は小平市と業務提携し、妹が入院している病院や福祉施設で、訪問型のダンスレッスンを行っている。

レッスンのプログラムを作ると、まず妹たちに体験してもらい、喜んでくれたものを採用する。リズムを取り、自分のペースで動き、うれしい表情が見られたら大成功だ。
「誰もが平等に楽しめるエンターテイメントは最高だと、つくづく思います」と、吉川さんは力を込める。
現在のダンスチーム「フェアリー」は来年度でほとんどの児童・生徒が中学や高校へ進学するため、レッスンの開催は難しくなるが、イベントには引き続き全員で参加する予定だ。
大阪・関西万博への出演や、来年7月にはニューヨークでのパフォーマンス出演を予定している。活動の幅は海外へと広がり、着実に前に進んでいる。
また、今後は都内を中心にさまざまな地域でワークショップを開催する。
世間には数多くのダンス教室があるが、障害のある子をオープンに受け入れる所はまだ少ない。「子どもたちの障害特性に対して、理解があるのとないのでは、大きな違いがあるように感じています」と、吉川さんは打ち明ける。
また、「福祉=ボランティア」のイメージも変えていきたいと話す。障害のあるダンサーたちが、パフォーマーとして少額でも報酬を得られる場をつくることが目標だ。
障害のあるきょうだいを持つことで、負担を感じる子どもは少なくない。吉川さんもその気持ちを痛いほど理解している。
「私の場合は、ダンスを通して妹たちと向き合えました。今では家族で共通の話題ができることがうれしい。できることなら、きょうだいの方々は一緒に取り組めることを探してほしいです」

また、好きなことを見つけたら、勇気を出して家族に伝えてほしいと呼び掛ける。自分自身が、母親の後押しでダンスを頑張ったように。
今年の春からは一番下の妹も、吉川さんの母校に入学し、ダンスを学んでいるという。姉妹でプロとして踊る日も、近いのかもしれない。
【用語解説】持続可能な開発目標(SDGs)
2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標。15年に国連本部で開かれた「国連持続可能な開発サミット」で採択された。17の目標と169の達成基準からなり、誰一人取り残さないことを目指している。